第7話

「え? 端緒だと」

「はい。あともう一つ。保志さんのお宅では、虫除けスプレーをよく使っていましたか?」

「虫除けスプレーか。いや、ほとんど使った覚えはない。あの頃はマンションの高層階に済んでいたから、蚊に悩まされることはなかった」

「そうでしたか。でも、奥さんかもしかすると朝郎君が、虫除けスプレーをよく買って来ていたのではありませんか?」

「うーむ……言われてみれば、そんな記憶も朧気にあるようだが」

「結構ですね。あとで、奥さんに聞いてみてください。多分、朝郎君に言われて買っていたと答える可能性が高いで」

「そうなのか? そこまで言うのなら、すぐに聞いてみるとしよう」

 電話を手に取った新次郎。

 三分後、流の予想が当たっていたことが分かった。


            *            *


 ――以下の報告は、多くを想像で補った、物証に乏しい、一つの推測になります。数パーセントの感傷と感情も交じった、物語と言えるのかもしれません。ですが、限りなく事実に近いものであることを、自分は確信してもいます。

 調査を経て私が至った結論を申しますと、盛川真麻さんと保志朝郎君の両名は、子供達だけで深夜に外出しこそすれ、街で夜遊びしていたのではないと推量します。

 街に姿を見せていないことは、防犯カメラの映像や友人等の証言で明らかです。現れたとしても、せいぜい、コンビニエンスストア等で買い物をする程度で、それが済むと、またどこかへ行ってしまうのはご承知の通りです。

 では、二人はどこへ行ったのか。場所の特定は難しいのですが、その目的はかなりの確度を持って言えます。

 二人は、星を観に行っていたのでしょう。

 このことは、持ち物を思い浮かべれば、容易に推定できたはずなのです。簡易テントは、開けた原っぱにでも設置し、頭を出して横になり、夜空を見上げるため。原っぱに長時間いれば、蚊が寄ってくるでしょう。虫除けスプレーは、それを防ぐためです。

 この仮説の下、確認の調査を行いましたところ、朝郎君が星に興味を抱いていた小学二、三年生の頃、真麻さんもまた星に興味を持っていたことが、当時のクラスメートらの証言で明らかになりました。しかし、朝郎君は彼自身の名字に掛けたからかいで一時的に星が嫌いになったようです。そして、真麻さんは朝郎君がからかわれている状況を目撃していた。

 ここからは完全に私の想像による物語になりますが、ご了承願います。

 真麻さんは、朝郎君がからかわれるのを目の当たりにして、こう考えた。「自分が星に興味を持っていると言い出せば、同じようにからかわれる。保志君のことが好きだから、空の星にも興味を持ったんだろう」と。そのため、彼女も天文好きであることを隠すようになった。

 それからまたしばらく時間が経って、朝郎君は星に対する興味を捨てられず、真麻さんも関心を失わなかった。そして二人がお互いの趣味に気付いたんでしょう。元々、幼馴染みなんですし、察するのは簡単だったかもしれません。そうして、彼らは表向きには秘密にしたまま、星への興味関心を育てていった。やがて子供達だけで、夜遅くに外出し、星空を見上げるようになるほどに。

 事後的な補足として一つ挙げるなら、二人がお小遣いの中から少しずつ貯金をしていたことがあります。多分、いえ、間違いなく、天体望遠鏡を自分達のお金で買うためです。朝郎君は凄く素直に育ったんでしょう。お父さんの新次郎さんの言葉をまともに受け止めて、「やっぱり星が好きだから、天体望遠鏡が欲しいな」なんて口にできなくなったと考えたのだと思います。真麻さんにしても、同じと言えます。家庭の経済状況を分かっていたから、言い出せなかったのだと思います。


 私は仮説の正しさを確信したあと、最後に想像してみました。二人が星を観察するとしたら、どこを選ぶだろうかと。

 高いビルの屋上もあり得ましたが、街明かりの強さは、どうしても邪魔になります。それよりも、駅を中心とした繁華街を離れれば、周囲には山がある。虫除けスプレーを用意していたことからも、こちらがより妥当でしょう。

 私は山まで足を延ばし、二人の少年少女が星を見上げた場所を探してみました。

 見付かりませんでした。適当な場所がないのではなく、適した場所があまりに多くて。


 この報告に納得してもらえるのであれば、一度、探してみてください。できれば夜、天気のいい日の夜に、探しに行ってください。私には見付けられなかったものをでも、ご家族になら見付けることができるかもしれませんから。


――終わり

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観察者たち 小石原淳 @koIshiara-Jun

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