第6話

「流さんが言っていた趣味のことだが、私も妻も子供には自由にさせていたので、正確には分かっていない。欲しがる物があれば、ほとんど買い与えていた。小学六年生から中学一年生に掛けては、ラジコンカー、スマートフォン、ゲーム機、バスケットシューズ、図鑑……それこそ何でも買った。全てが趣味と言えるかどうかは微妙だが、あの子が関心を持っていたのは間違いあるまい。私は子供に対して、途中で投げ出すようならはじめから好きになるな、よく見極めてからのめり込め、みたいなことを言った覚えがある。だから朝郎も、色々な方面にアンテナを広げて、そこから一つを選び取ろうとしていたのかもしれないな」

「なるほど。ところで、バスケットシューズというのは? 失礼ですが、朝郎君の身長では……」

「バスケットボールは、遊びの範疇だろう。友達に自慢したいというのもあったのかもしれん。専門のシューズで、高価な商品があるだろ? そういう靴を持っていれば、人気者になれるという訳さ」

「ラジコンカーの他に、ラジコンを買ったことは? たとえばスマートヘリの類とか」

「ドローンか。いや、それはなかった。欲しいというようなことは言っていたが、さすがに危険だと思ってね。高校に入ったら買ってやるか、ぐらいに考えていた。これが事件と関係あるとお考えか?」

「いえ、何とも言えません。スマートヘリがあれば、子供達が時間を潰すのに持って来いだと思ったまでです。ラジコンカーだと、夜、遊ぶのには向いてないでしょう」

 流はカップに手を伸ばし、お茶を呷った。その間に、新次郎が口を開く。

「電話で、盛川真麻さんの趣味、興味を持っていた物についても聞いたが、朝郎の好みと被る物は見付けられなかった」

「好きな音楽はどうでしょう?」

「ああ、音楽なら人並みに、女性アイドルグループに興味を持っていた。名前は知らないが、結構人気のある四人組か五人組だった」

「そうですか」

 流の口調に落胆が混じる。気付いた新次郎は、「どうした?」と目で問うた。

「真麻さんは、男性ベテラン歌手のファンでした。重なるところがないなと」

「そうか……。まあ仮に同じだったとしたって、中学生が好きになる歌手なんて、重なっても全然不思議じゃない。共通の趣味と言えるほど、顕著な特長ではないだろう。何時間も時間をつぶせる話題だとも思えない」

「その辺りは、捉え方の違いになりそうですね。今は、他の可能性を探るとします。さっきから気になっていたんですが、図鑑とはどのような?」

「図鑑? ああ、朝郎に買ってやったやつか。百科事典の電子書籍版だった。気に入ったらしく、何度も見返していたよ」

 再び視線を落とす新次郎。今度よみがえった思い出はよいものらしく、彼の口元には笑みが窺えた。

「いきなり百科事典、それも電子書籍版ですが。私が子供の頃なんて、もっと判の小さい、“ナントカ大百科”的な本でした。言うまでもなく、紙の書籍で」

「ああ、それはうちの子もそうだった。百科事典は中学生になった祝いに、買ってやった物だ。最初に買ってやったこの手の本は、何だったかな。そうそう、宇宙と星に関する本だった」

「以前は、天文に興味があったんですか、朝郎君」

「そうだね。天文というよりも、星座だったようだ。星座や星の名前、それに纏わる神話を記憶し、よくそらんじていた」

「話を聞いた限りだと、朝郎君、そこそこのめり込もうとしていたいたいですね。でも小六から中学生になる頃には、興味を失ったんでしょうか」

 流のこの質問に、新次郎は何故か思い出し笑いのようなものを顔に浮かべた。いや、実際に「ふふふ」と笑っている。

「どうかしましたか」

「いや、失礼をした。まさか、こんなことを思い出すとは。朝郎が天文を好きでなくなったのには、理由がある。実に子供らしい理由がね」

「聞かせてください」

 事件に関係あるのかどうかは分からない。今は、集められる限りの情報を得ておきたい。その一心から、流は身を乗り出した。

「あれは、息子が小学三年の頃だったか。昨日まで熱中していた星や星座に、見向きもしなくなったし、その手の本を乱暴に扱って書架から抜き出して、仕舞い込むようなこともしていたから、理由を聞いたんだ。すると、『名前でからかわれた』という答が返って来た」

「名前……ああ、“保志”さんと“星”ですか」

「左様。保志の星好きとか何とか、くだらないことを同級生に言われたみたいで。単純なからかいだったが、小三の朝郎は傷ついたんでしょうな。以来、星のことは話題にしなくなりましたよ」

「……そうなる前の段階で、天体望遠鏡を買って上げたことは?」

「ない。天体望遠鏡は早すぎると思った。結果的に、買わなくて正解だったようだが、こんなに早く逝ってしまうと分かっていたら、買ってやればよかったとも思うね」

「小学三年生時、朝郎君と真麻さんは同じクラスでしたか?」

「ん? そこまでは分からん。覚えてない。でも、もっと前から幼馴染みの間柄だった」

「なるほど。これは……端緒を掴めた気がする」

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