第5話
「ふむ。他にも根拠はありますか? お子さんの日記か手紙でも見たとか……」
「いや、残念ながらそういうのはない。事件のあと公恵にも聞いて、探させたんだが、何も出て来なかった。インターネット関係も含めて、警察が洗いざらい調べ上げたが、特記するようなことは発見できなかったと聞いてる」
「特記するようなことがないとはつまり、夜遅くに出歩く理由、たとえば真麻さんと朝郎君が互いに連絡を取り合っていたりとか、他の友達から誘われたりとか、そういった痕跡もなかったということになりますね。これは大きな根拠ですよ」
「言われてみれば……」
依頼人の表情が、少し明るくなった。希望を見出していた。
「ご依頼の件、お引き受けします。幾人かの関係者に対して、あなたから連絡を取っていただければ、少しでも早く調べが進展すると思うのですが、よろしいですか。換言すれば、依頼内容を相手に伝える可能性があるということですが」
「かまいやしません。どうせもう、私の名前と悪い評判は世間に出回っている。好きなようにしてくれていい」
吹っ切った顔で、緑山英達は言った。この探偵事務所に来る前から、とうに吹っ切っていたのかもしれない。
流次郎の調査は、しかし、出だしからつまずいた。一番当てにしていた同級生達からの証言が、ほとんど得られないと分かったからだ。
まず、今のご時世、中学生に接触すること自体が難しく、たとえ緑山英達がいてもそれは同じだった。加えて、過去の犯罪絡みとなると、どうしても敬遠されがちだ。付け加えるのなら、時期もよくない。高校受験を控えているのでという理由で、体よく断られてしまうのがオチだった。
「悲観することはありませんよ。何人かは話してくれたんですし」
盛川真麻や保志朝郎と特に親しかった三、四名ずつの友人が、短いながらも話を聞き、答えてくれていた。それらを総合すると、真麻達が頻繁に夜遊びに行っていた事実は、やはり確認できなかった。二度ほど、夏祭りに遊びに行った延長で、帰りが遅くなったケースがあるくらいで、夜中に家を出て街をぶらついていたのを目撃した知り合いは皆無だった。
「しかし、公恵や、保志さんところの家族の話だと、夜、出掛けていたことが何度かあったのは事実なんだ」
依頼人の言葉に、流は黙って頷いた。
「ネット上のやり取りで、その痕跡がなかったからと言って、待ち合わせの約束をすることぐらい、学校で顔を合わせるのだから充分可能。そもそも、痕跡を残したくなかったから、ツールに頼らなかったのかもしれません。娘さんと保志朝郎君とは、幼馴染みとの話でしたが、異性として意識し合うことは本当になかったのでしょうか」
「分かりません。離婚後、娘とはたまに会うだけで、そういう話は出なかったし……」
「そうですか。まあ、仮に意識していないとしても、周りの友達がそういう目で見るかもしれない。それが嫌だったということはあり得るでしょうね。……二人は、何をして時間を潰したんでしょう?」
「え?」
「たとえばですよ、夜九時から翌朝の六時まで一緒にいたとすれば、九時間ある。おしゃべりや買い物だけで費やせるものじゃない。簡易テントを持ち出してるくらいだから、仮眠を取ることもあったでしょうが、それでもまだ時間は余る気がします。子供だから、映画館のレイトショーを観る訳にもいかない。何かあると思うんですよ。共通の趣味とか」
「趣味ですか……真麻は演劇に興味を持っていたが、中学には演劇部がなかったこともあって、まだ自らやろうという感じではなかったなあ。他には、スポーツはハンドボールが好きで……勉強は理科が好きだった。あと、料理を覚えようとしていたっけ」
「多岐に渡っていますね。色々なことに興味が向いている。のめり込んでいたようなものは、まだなかったと?」
「うーん、残念ながら、思い当たる節がないですな」
「了解しました。保志朝郎君の側から、探ってみることにします」
事前にアポイントメントを取る段階で用件を伝え、OKをもらっていたにもかかわらず、実際に会ってみると、保志新次郎はまだ難色を示していた。
「蒸し返されるのは、本意ではないんだ」
お茶を出した女性が下がると、開口一番、相手は流に向かってそう告げた。
場所は保志新次郎自身の弁護士事務所。防音はしっかりしているから、言いたいことを言えるのだろう。
「迷惑だとまでは言わないが、今さらというのが正直な感想だ。盛川さんからの依頼と聞いていなければ、断っていましたよ、ええ」
「時間を割いてくださり、ありがとうございます」
流は礼を述べると、腕時計をちらりと見やった。相手は職業柄、スケジュールが詰まっていることを匂わせている。すぐにでも用件に入りたい。
「先日の電話の際にお伝えしましたが、ご子息の朝郎君は、夜遊びをするような子ではないと、私も踏んでいます。新次郎さん、あなたも父親として、そう信じておられることでしょう」
「それはもちろん。でも、当時は、いくら主張しても受け入れられず、言葉を費やすことに疲れてしまって、沈黙を選んだ」
嫌な経験を思い起こしたのか、新次郎は目線を下げ、小さくため息をついた。
「今になって調べ直し、真実を世間に知ってもらおうとも思っていなかった。とにかく、蒸し返したくなかったんだ。だが、あなた方の話を聞いて、多少は気持ちが動いた。それは認める。だからこそ、こうして協力をしている」
「感謝しています」
「冷たい親だと思われたくない。そんな気持ちもあった。やるからには徹底してやってもらいたい」
新次郎が面を起こし、流をじっと見つめてきた。感情が露わになっていた。彼はお茶を一口飲むと、また話し出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます