新たな依頼人

 サカイは耳を澄ませ、盗賊たちが追ってくる物音がしないか確かめた。さすがにここまでは追ってくる気がないのか、それとも死んだと思われたのか、今のところは何も聞こえない。

 鞘に結びつけている紐を取り、サカイはその紐で髪を一つに結んだ。


「さっきも言ったが、俺はなんともない。あんたはどうなんだ」

「私は大丈夫だよ。盗賊に蹴られたところが痛むくらいだ」

「そりゃよかった」


 サカイが笑って返してもなお、商人の表情は硬い。


「君は天ノ血あまのちを飲んだのか?」 


 どうやら彼はサカイの不死性に気づいたらしい。なかなかに鋭い。それでも、サカイはすぐには肯定せず落ち着いた表情で返す。


「何でそう思うんだ?」

「私は薬草を主に扱っているから、薬や毒といったものにはそれなりに詳しいつもりだ。もちろん天ノ血にも。君は間違いなく、ここに落ちた衝撃で骨を折ったはずだ。そして、それがすぐに治っていると言うのなら。考えられるのは」

「だとしたら何だ?」


 サカイの言葉に、商人は真っ直ぐに答える。


「なぜ、天ノ血なんかに手を出した。君はいずれ、君ではなくなってしまうのに」

「なるほど。血を飲んだ奴に対して、あんたは真っ先にそういうことを言う奴なんだな」

「はっ?」

「とにかく、ここから離れるぞ。予定だと、商隊はもう少し街道を進んだところにある宿場町で泊まるんだったな」


 商人はまだ何かを言おうとしたが、サカイは止める。


「悪いが、今は特に話すことはねぇよ。商隊に追いつかねぇと。俺たちが死んだと思われてたら置いていかれちまう。そしたら、俺はともかくあんたはどうしようもなくなるだろ? 盗賊がまだうろついているかもしれねぇし、しばらくは林を進んでその町を目指す」


 商人は考えるように視線を落とす。少し経ってから気を取りなおしたのか、サカイに向き合った。


「分かった。君に従うよ。確か君はサカイ、だったな」

「ああ」

「こちらはきちんと名乗っていなかったな。私はウィル。改めて頼む。サカイくん」

「サカイでいい」


 短く返したサカイに、ウィルは頭を下げる。


「この荷物には、春にしか採れない貴重な薬草が入っているがそれが大事だったわけじゃない。私の帰りを待つ家族の手紙が入っていてな。どうしても置いていけなかった」

「あんたにとっては、命よりも大事な物だったわけか」

「すまない。私のせいで、こんな」

「ああ、いいわ、そういうのは」


 サカイは面倒くさそうに片手を振った。


「あんたも俺も生きてる。後は、この林を歩いて商隊と合流すればいいだけだ。それでいいだろうが」


 強引に話を打ち切ると、サカイは歩き始めた。ウィルはその背を眺めてから彼の後を黙って追う。

 林の中は、木々だけでなく雑草も茂っており、歩きにくい道が続いた。サカイは、ウィルを気遣いつつできる限り先を急いだ。

 林を照らす太陽が沈み始めた頃、サカイは木々が少ないひらけた場所で足を止め、野営の準備を始めた。


「い、急がなくてもいいのか? 夜も、歩いた方がいいのでは」


 ウィルは荒く息を吐きながら、問いかける。


「あんた、もうかなりくたびれてるだろ。そんな状態で暗い林を歩いてみろ。数歩もしないうちに転ぶぞ。打ちどころが悪ければ、痛いくらいじゃすまねぇ」

「それはそうだが」

「商隊は予定通り今日は町に泊まるはずだ。俺たちもここで一休みするぞ」


 はやるウィルを留めるように、サカイは腰に身に着けた小袋から火を付けるための道具を取り出した。火を起こせば、温かな光が周囲を照らし始める。


「で、そんなことよりもだ。あんた、ずっと抱えてる大事な荷物に、なにか食料は入ってたりするのか」

「いや、何も」

「だろうな」


 元より期待はしていなかったので、サカイは辺りをぐるりと見回した。

 見れば、少し離れたところの木に果実がなっている。近づいて手に取ってみると、まだ青いものの食べられる果実だった。木から二つをもいでウィルに渡す。ウィルは皮袋を地面に置いてから丁重に受け取る。


「焼けば食えるものにはなるだろ」

「あ、ありがとう。君の分は?」


 その問いに「要らない」とサカイは言いかけて、また何か突っ込まれるのも面倒だと思いやめた。


「まずはあんたが食え」

「だが」


 ウィルに言葉を返そうとして、サカイはある匂いに気づく。

 気のせいかと思ったが、この匂いは他のものと間違いようがない。天ノ血だ。ゆっくりとだが、着実にサカイの方に近づいてくる。


「ったく、こんな時に。何で重なるかねぇ」


 サカイがつぶやくと、ウィルは戸惑ったように首を傾げる。それはそうだ。普通の地ノ人ちのびと天ノ人あまのびとが近づいてきていることなどわかりはしない。

 天ノ人側はサカイが一人ではないことに気づいているはずだが、足を止める様子はない。よほど急な依頼でもあるのか。ウィルがいる状態ではあるが、このまま天ノ人に会うしかなさそうだった。


 やがて、その人物は音もなく暗い林の中から姿を現した。突然のことに、ウィルが声を上げせっかくの果実を落としそうになる。

 一つにまとめられた銀色の髪と瞳が、焚き火を反射して赤く光った。その白い肌と服も、常より赤みを帯びて見える。若い女性の天ノ人で、肩から白い鞄を提げている。


「申し訳ない、サカイ。取り込み中なのは重々承知している。だが」


 彼女は深く頭を下げると、まずは謝罪を口にした。


「私はタ=シキャナ。探査役として調べていることがある。困っていたところ、近くにあなたがいると連絡役の仲間から教えられて、ここに来た」


 サカイは何も言わずに身振りで先を促した。こうなった以上、まずは話を聞いた方がいい。

 ウィルの方は緊張した面持ちでシキャナを見ている。天ノ人は基本的に表に出ないようにしているため、地ノ人は普通、天ノ血を得ようとしない限り天ノ人に会うことはほとんどない。もしかすると、ウィルが天ノ人に会ったのは初めてなのかもしれない。


「お願いだ、サカイ。私を助けてほしい」


 シキャナはすがるように手を握りしめた。

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