地下で見つけたもの

 商業区は朝早いこの時間でも、多くの人がすでに起き、開店の準備をしていた。もう少し経てば客も現れ始め、通りに並ぶ店から多くの声が行き交うことだろう。

 その空気を感じながら、サカイたちは物陰に身を潜め、この区の一角にある建物を監視していた。

 その建物は主に木で作られており、見た目は普通の二階建ての宿屋のように見える。商業区にあるのだから、おそらく商人向けの宿屋だろう。コロルゥトが言うには、この宿屋を所有している商人が怪しいとのことだった。


「あそこで本当に間違いねぇのか」

「僕は、あなたが懇意にしている情報屋の場所も、あなたがこのクラージュにいることも突き止めていたのですよ。信じていただきたいものですね」


 コロルゥトは、宿屋の裏手を示した。


「裏に勝手口があります。そこから入りましょう。地下への入口が何処かにあるはずです」

「その地下が怪しいってことか。あんた、先に裏側に回ってろ。俺もすぐに行く」


 コロルゥトが嫌いとはいえ、サカイは受けたからには依頼をきちんとこなすことにしている。コロルゥトが指示通りに動いたのを見届けてから、サカイは足元にある石を拾うと、宿屋の表側にある窓目がけて投げた。

 パリンという音とともに宿屋の中が騒然とし、中から何人か出てきた。宿屋の表側に人の意識が向いていることを確かめてから、サカイもコロルゥトの後を追い、勝手口側に回る。

 二人は合流して、極力音を立てないようにしながら勝手口を開いた。宿屋の中に入ると、そこは厨房にあたる場所だったが、


「今の音、なんだよ!」

「誰かが石を投げてきたって!」


 厨房にいた従業員たちも表の騒ぎに夢中になっているようで、今は誰もいないようだった。騒いでいる声だけが、大きな扉の向こうから聞こえてくる。

 大きな扉とは別に、倉庫につながると思われる小さな扉があるのに、コロルゥトは気づく。彼が扉をそっと開けると、その先はやはり倉庫のようで、日持ちの良い食材や道具が所狭しに置かれていた。

 コロルゥトはぐるりと見渡し、それからすぐに戻ろうとする。


「待ってくれ。かすかに天ノ血あまのちの匂いがする」


 そのまま、サカイも倉庫をさっと見渡してみたが、倉庫内には天ノ血に関わるものはなさそうに見える。

 だが、匂いを確かに感じる。サカイはその匂いを追っていくうちに、たるの置かれた辺りにたどり着いた。目を凝らしてその辺りを眺め、樽の置かれた後ろの壁に違和感を持つ。

 サカイが樽をずらして確認すると、倉庫内の壁は木の板がいくつも貼られているが、樽が置かれた奥の壁は周りより色が少し違って見える。

 色の違う箇所にサカイが触れてみたところ、そこだけ外れるようになっており、その部分は取れてしまった。板を取った先には、地下に続くように下へ降りる階段が覗いている。


「これはこれは隠し扉ですか。見るからに怪しいですね。お先にどうぞ」

「あんたの依頼なんだが」

「見つけた方が、先に降りるべきでしょう」


 舌打ちをしながらサカイは先に降りた。この調子では、サカイが降りない限り、コロルゥトは絶対に降りようとしないだろう。

 地下は狭い空間で、上と同じように倉庫として使われていることがすぐに見て取れた。


「これは薬草か……?」


 室内は、鼻を突く草の匂いで満たされている。実際、薬草の束や粉末にしたものと思われるものが、あちらこちらに置かれている。

 それとは別に、もう一つ馴染みのある匂いが混じっていることをすぐにサカイの嗅覚は捉えた。やはり気のせいではなかったのだ。

 その匂いを追い、片隅に集められている壺にたどり着いた。全部で五つほどある壺は、人の頭ほどあり、きっちりと封がされているが、間違いなくそこから天ノ血の匂いがしている。

 コロルゥトが降りてくる音を聞きながら、サカイはその内の一つに手をかけて蓋を開けた。中は真っ赤な液体で満たされている。手近にあった柄杓ひしゃくを手に取り中身をすくい上げると、サカイは迷いなく一口飲んだ。


「間違いねぇな」


 近づいてきたコロルゥトに、壺の中身を見せる。


「これは、天ノ血あまのちだ」


 覗き込んだコロルゥトの顔が、揺れる赤い水面にぐにゃりと浮かび上がった。


「なるほど、壺の中にあるのが全て、ですか」


 コロルゥトは置いてある壺を見渡した。その内の一つを撫でる。


「考えたものですね。たしかに、僕たちの血は腐ることがない。こうして置いておけば、いつでも薬を作れます」


 言いながら、コロルゥトは壺の横に置かれた木箱に目を向けた。木箱は一抱えほどの大きさがあり、二つ並んでいる。


「そこからも匂いはするな」


 サカイに言われ、コロルゥトはその箱を開けた。中には赤い液体が箱の真中ほどまで入れられており、そこに薬草がいくつも浸されている。

 血の匂いよりも薬草の匂いが勝っているらしく、壺や箱を開けているのにも関わらず、室内に強く漂っているのは薬草が放つ匂いだ。


「匂いの強い薬草を血に浸して、薬にすることで、血の匂いを消しているわけですか……。普通の人ではまず、天ノ血が入っているとは分からないでしょう。事実、僕だけではこの部屋にたどり着くことすらできなかったはずです。さすがですね、サカイ」


 コロルゥトは木箱と壺を閉めると、今度は、浸した薬草を乾燥させ、粉末にしたと思われるものが入れられている籠に近づいた。粉末の色は茶色っぽく、色だけではどのようなものが使われているのか分からない。籠の中に置いてあるさじでそれを掬うと、サカイに差し出す。


「これは? どうです?」

「天ノ血の匂いが少しするな」

「食べてみてくれませんか」

「どう見ても苦そうなものをか」


 心底嫌そうな声だった。


「普通なら、味より、天ノ血が含まれている事を気にすると思いますが」

「どうせ俺は普通じゃねぇよ」


 はあ、と息をついたかと思うと、サカイは匙を受け取り薬を口に含んだ。意味のない問答を長々続けるよりも、飲めば話が終わるなら、そちらの方をサカイは選ぶ。意味のない事を続けるのは嫌いなのだ。

 薬を含んだまま、それこそ苦虫を噛み潰したような顔でサカイは動かなくなる。


「どうしました?」

「……クソ苦いな。こりゃ、血の味を消すために苦い草か何かを入れてやがる。これでも、俺には天ノ血の匂いも味もかすかに分かるが、地ノ人ちのびとじゃ絶対にわからないだろう」

「なるほど、よくわかりました。ありがとうございます」

「水はねぇのか、ここには」


 よほど苦かったのか、ぼやくサカイに、


「天ノ血ならいくらでもありますが」


 にこやかにコロルゥトは返す。


「要らねぇよ、今は足りてる」

「なら諦めるしかありませんね」

「うぜぇ。……それで? 薬のもとが間違いねぇのはわかったが、これからどうするんだ?」

「そうですねぇ」


 コロルゥトは腕を組むと、少しの間考えるように目を閉じる。サカイはその間に、自分たちの侵入が気づかれていないか、階段の方に気を向けていた。 


「まず、これらは全て燃やしましょう。これ以上利用される前にね。この世からなくした方がいいものです」


 コロルゥトは目を開けると、壺をトントンと指で叩いた。


「それで?」

「物を燃やしても、実行している人がいる限り、計画は止まらないでしょう。ですので申し訳ありませんが」


 そこで、コロルゥトの声は一段と低くなる。


「その方には罰を受けてもらいましょうか。今日はちょうど雲が出ていますし」


 彼の指の動きがゆっくりと止まった。


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