血を薬に、そして金に

 サカイが店の外に出ると、コロルゥトは近くで姿勢良く待っていた。日に焼けたサカイが横に並ぶと、いっそうコロルゥトは白く見える。空を覆う薄い雲から覗く朝の光が、薄桃の髪をきらきらと輝かせている。

 まだ朝早い時間帯であるため、周囲には二人の他に人影は見えない。


「別に、僕はあの方を殺したりなんてしませんよ」

「聞き耳立ててたのかよ、天ノ人あまのびとにしては癖がわりぃな」

「聞こえてしまいましたので」

「で? あんたの頼みってのは何なんだ」


 コロルゥトはおもむろに歩き始めた。歩きながら、説明をするということだろう。


「ここクラージュは、この大陸有数の都市の一つです」

「とっとと本題に入らないと帰るぞ」

「まあまあ、この辺りも含めて大事なお話なんですよ」


 都市の中心からずっと離れている、小道の一つに過ぎないこの辺りはとても静かで、二人の足音が石畳を通じて嫌に響く。

 立ち並んでいるのは小さな住居ばかりであり、この場所にいるとクラージュが大都市であるようには思えない。


「このあたりは静かですが、中心に行けば行くほど、商業が盛んで、周りの町や村から様々なものが集まる大きな都市です。きっと、この朝早い時間から商人の皆さんは仕事の準備をしていることでしょう」


 朗らかに話すコロルゥトの声を聞きながら、サカイはいったいこの話がどこに着地するのか思考を巡らせていた。


「ここでしか手に入らないものがある、と言われるほどだそうですね。実際、本当にそういう貴重なものもあるそうですが、人やお金も集めるために、あえてそういった噂を広めることも多いでしょう。そして」


 コロルゥトはゆっくりと足を止め、サカイを振り返る。そこはちょうど、街の中心につながる大きな通りに出たところだった。遠目に、石やレンガで造られた高く大きな建物が立ち並ぶ中心部の風景が見える。


「豊かな場所には必ず裏があるものです。世の中そう上手いことなんてない、以前あなたがそう言っているのを聞いた気がします、サカイ」

「何が言いたい」


 苛つきつつあることを隠そうともせずに、サカイは言う。それに対して、コロルゥトは笑みをたたえたまま、穏やかに告げた。


「最近、この街の裏で、ものすごい効能がある薬が取引されているらしいですよ。それもかなりの高額で」

「薬?」

「ええ、何でも、その薬を染み込ませた布を巻くとどんな傷でも治り、その薬を飲めば病気にかかりにくなるとか。その代わりに副作用もかなり強いらしく、使う内に、自然と薬の量が増え、苦しみ始めるそうです」


 それを聞いたサカイは何かを悟ったように目を細めた。コロルゥトも、意味ありげにゆっくりと言葉を発していく。


「ところで、ね。この薬とやらに似た効能を持つものを、僕たちはよく知っている気がしませんか?」

「その薬は、赤いのか?」

「赤くはないようですね。だからこそ、気を惹かれ大金を払ってまで手に入れようとする人がいるのでしょう」


 コロルゥトは「まあ」とそこで言葉を切った。


「間違いなく、その薬のもとは赤いのだと思いますが」


 手首の血管に片方の指でなぞるように触れながら、コロルゥトはその笑みを深めた。


「そういえば、まだ対価を払っていませんでしたね」

「あんたに払う気があったとは驚きだな」

「これはこれは酷い言い草ですね。これまで僕が払わなかったことなどないでしょう?」


 コロルゥトは身につけた小袋から小瓶を取り出した。蓋はすでに開けられており、小脇に瓶を挟むと、剣を抜いて迷いなく手首に走らせた。剣を納めてから、小瓶を手首に近づけて血を溜める。


「それでは、今回もどうぞよろしくお願いいたします」


 血が充分に溜まり傷が塞がると、瓶をサカイに差し出してきた。サカイは念のため、周りを確認してからそれを受け取る。


「ああ、さっさと終わらせてやるよ」

「それはそれは、ありがとうございます」


 サカイは瓶を一気に傾けて、天ノ血あまのちを飲んだ。サカイはどれだけ飲んでも問題ないが、普通の地ノ人ちのびとの場合、最初のうちは薬になったとしても、いずれは必ず毒となる。もし、本当にそのような薬があるのならあまりにも危険だ。

 コロルゥトはサカイが飲み干したのを確認すると、街の中心に向かって人差し指を伸ばした。


「街の中心にある、商業区。その一角で薬が取り引きされていることは突き止めています。その薬のもとを調べ、そうであるならば、関わっている者には罰を与えます」

「殺すのか」

「あまりにも行き過ぎているようならば」


 迷いなくコロルゥトは答える。


「神からの許しは得ておりますから。我らの血をただ求めるならともかく、それを金に換えるとは。こういう風に、浅ましい事を考える地ノ人は時々現れるもの。それなら、その度に罰を与えて止めるしかありません」


 コロルゥトが手を下ろすのにつられて、彼の腰に差されている剣がカチャリと音を立てた。

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