二 天と地の変わり者
情報屋ジビキ
サカイが店の中に入ると、男は勢いよく椅子から立ち上がった。坊主頭の五十代ほどと思われるその男は、元々丸い目をさらに丸くさせる。
「ちょうどいいところに来たな、サカイ」
勢いが良すぎたせいで、振動により大きな書斎机の上から紙が何枚か落ちたが、男はそれを気に留めている様子はない。
この机と、天井まで届いている二つの本棚があるために、人が四人も入れば手狭になるこの店は、表に看板が出ているわけではない。
人が多く住む有数の都市の一つ、クラージュ。その一角にある、一見するとただの小さな一軒家。それが、知る人ぞ知る情報屋ジビキの店だった。
「ずいぶんな歓迎だな、そんなにいい仕事でもあるのか」
「おう、あるぜ」
答えてから、ようやくジビキは床に落ちた紙を拾い始めた。紙には、どこかの商店の薬の入荷量や街道の通行量、果てには暗号文めいたものさえ見える。相変わらず、多様な情報を扱っているようだった。
「なら、久しぶりに顔出した甲斐があったわ」
「久しぶりすぎるんだよ、お前さんは。三年ぶりくらいだぞ」
「どうりで、あんたちょっと老けたわけだ」
「ったく、相変わらず減らねぇ口だな。そういうお前さんの方は、初めて会った時からちっとも変わらねぇな」
ジビキは、サカイが不老不死であることを知る数少ない
「で、どんな仕事があるんだ」
「殊勝な奴だな。もうちっと再会を惜しもうとか思わねぇのか」
「酒なら後からいくらでも付き合ってやるよ、まずは話を聞かせてくれ」
「お、言ったな? ……まあ、正直なところお前さんが来てくれて助かったというのが本音だな」
不意に、ジビキの声が落ち着いたものになった。顔に浮かべていた笑みもすっかり消えていく。仕事の話をする時の顔だった。
「いや、もしかすると、お前さんが来るのがわかっていたのかもな」
「ああ? それはどういう意味だ? 一体、誰が俺を雇おうとしてんだ」
「違うんだよ。サカイ。そっちの仕事じゃなくて」
机に乱雑に積まれた紙の中から、迷いなく一枚の紙を取ると、ジビキはサカイに見せた。
「こっちの仕事だ」
「『この都市の商業区で起きている事案について、調査と解決のために、サカイの手をお借りしたい。彼がここに来たら、そう伝えてほしい』。こっちってことは、
ジビキには、天ノ人が関わる情報があったら、傭兵の仕事とは別に教えてくれるようにサカイは頼んでいる。
天ノ人は基本的にサカイの居場所が分かっているかのように現れ、サカイに依頼をするが、地上で不測の事態に見舞われた場合は、その限りではないようで、そういった天ノ人をジビキからの情報で助けたことが何度かあった。
おそらく、天ノ人たちは、天にいる時はサカイの居場所が分かるが、地上にいる時は分からない時があるのだろう。天から地の様子をいつでも見ている、とされる伝承はあながち間違いではないのかもしれない。
「そうだよ、数日前の夜のことだ。ここで仕事してたら、扉を決まりごと通り叩く奴が来たから、常連だと思ったらな。天ノ人だったんだよ。初めてだぞ、天ノ人がこの店に来るのは。先代の時は知らんが」
「先代から聞いた覚えがないから、多分ないぞ」
「お、じゃあ、本当に初めてだな。とにかく、天ノ人が入ってきて、その紙の内容を頼んできたんだ。しかし、天ノ人にしてはちょっと変わった奴だったな」
サカイは紙から顔を上げて、ジビキに目線を向けた。
「普通、天ノ人は白い服を着ているもんだろ。なのに、そいつは街中の地ノ人と変わらない格好をしてたし、何より、帯剣してやがった。武器を持った天ノ人なんて始めて見」
「待て。そいつ、薄桃色の髪を肩くらいまで伸ばした男だったりしないか」
「おお、そうだ、それだよ、何だ。知り合いか。だったら話が
サカイはジビキの声を打ち消すように、紙を握りつぶした。
「この依頼はなしだ。傭兵の仕事はないか」
「どうした? いつもなら天ノ人の方を優先するだろう」
「こいつのは放っておけばいい。会いたくないんでな」
嫌そうに話すサカイを見て、むしろ面白そうにジビキは腕を組んだ。
「ははん、言われてみれば、お前さんが嫌いな
「即刻、その頭を叩いてその情報を記憶から消してやるよ」
「……そんなにあの天ノ人が嫌いなのか」
呆れた口調でジビキが言うと、
「ええ、ですので、なかなか会えず僕はいつも苦労しているのです」
音もなく、店の扉が開いて何者かが姿を現した。衣服に縫い付けられた頭巾を被っていたが、おもむろにその頭巾を外すと、その見た目を露わにした。
若い男で、動きやすそうな旅装に帯剣をしているものの、白い肌に薄桃色の髪と瞳を持った姿が、この者は天ノ人だと告げている。
「お久しぶりですね、サカイ」
サカイに向かって、その天ノ人は深々と頭を下げた。
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