血を飲んだ者の末路

 サカイは、顔に飛んだ血をぬぐいながら村人たちを眺めた。あちらこちらが破れた服を着て、全員が一様に鎌などの農具や狩猟用の短剣などを携えている。服が粗末であるのに対し、刃物はすべて鋭く研がれている。


「血だ! 血だ!」

「寄こせ!」

天ノ血あまのち!」


 一様に、喚き立てる村人たちを見、


「こりゃ、もう終わりだな」


 冷めた口調でサカイは言った。


「天ノ血を一口でも飲めば、地ノ人ちのびとでも生き永らえることができる。だが、一度口にした時、その者の運命は決まる。天ノ血に狂い、最期には己が何者なのかも忘れ、血への乾きとともに死に絶える。だからこそ、天ノ血は神の薬であり神の毒でもある。……誰が言い出したかは知らねぇが上手く言ったもんだ」


 地ノ人の伝承をサカイは紡ぎつつ、剣を構え直した。


「俺は、あんたを守ると言った。そのためなら、あんたが止めたとしても、こいつらを殺してあんたを守る」


 天ノ人あまのびとにも死が存在しているのと同じで、先ほどサカイが殺した地ノ人のように、天ノ血を飲んだ地ノ人も心臓を幾度も幾度も貫けば死に至らせることができる。

 サカイがこれから何をしようとしているのかわかったのか、身を守るために鋏を懐から出すようなこともせず、セァラは何も言わずに、目の前の光景から逃げるように目線を逸らす。

 村人たちは、セァラから血を得るには、サカイが邪魔であることにようやく気づいたらしく、持っている農具を一様にサカイに向けると襲い掛かってきた。

 だが、戦い慣れた傭兵と天ノ血に乾いた狂人同士のそれは、戦いと呼べるものではなかった。天ノ血を求め、ただがむしゃらに襲ってくる地ノ人を、サカイは次から次に斬っていく。その心臓を何度も絶っていく。刃と刃がぶつかる音よりも、刃が肉を通る鈍い音の方が幾度も森の中に響いた。

 そう経たない内に、地ノ人は全員血に倒れ伏し、辺りは赤く染め上げられた。周りの大地や木々は跳ねた血で汚れきり、土の匂いも血の匂いでかき消され、鉄臭さが漂っている。

 動けなくなるほど心臓を刺されても、なお、死にきれない数人が呻いている声が辺りに響く。やはり、それは「血だ」「寄こせ」などとという類の言葉であり、死ぬ間際まで天ノ血のことしか考えられなくなっている異常さが嫌でも読み取れる。

 サカイは村人たちに一瞥いちべつを落としてから、自らの背後から出ようとするセァラを止め、辺りにまだ誰かいないか気配を探る。少し離れたところにそびえた木に違和感を抱き、サカイは血塗れの剣をそこに向けた。


「出てこいよ、こいつの血が欲しいんだろう?」


 じりじりと、サカイはその木に近づいていく。


「出てこねぇなら、俺が行く」

「まっ、待ってくれ!」


 木の陰から転がり出てきたのは、村人たちと似た服装をした男だ。四十代に見えるその顔には、先ほどの村人たちとは違い確かな怯えの色がある。


「あんたは、まだ正気があるみてぇだな」 


 それを聞いた男の顔に、暗い笑みが浮かぶ。


「かろうじて、な。あと数日もすれば、おそらく、こいつらと同じになるさ」


 男は地面に倒れている仲間に目を向けると、絞り出すように「礼を言う」と声を出した。


「礼、だと? サカイは、あなたの仲間を殺してしまったのだぞ」

「もう、それしかなかったからだろ? 兄ちゃん、あんたがそう言っているのが、隠れている時に聞こえてきたよ」

「あんた、なんで隠れてたんだ」

「俺は、こいつらの中では、天ノ血に手を出すのが遅くてな。この通り少しだが正気が残っている。だから、見境なく天ノ人を襲う仲間を止めようと思ってついてきてたんだ」


 男は、目を開けたまま息を引き取っている一人に近づくと、その瞼に触れ、目を閉じさせた。


「でも、無理だった。止めようとするたびに、俺の中にもある天ノ血への欲求が、邪魔をした。何で、こんなに素晴らしいものを得ようとしている仲間を止めるんだ、てな」


 サカイの後ろにいるセァラを見て、男は何かを抑えるように荒く息を吸った。


「今だって、ここには仲間の血の匂いがこれだけ立ち込めているってのに、天ノ人さんよ、あんたの血が欲しくてたまらねえ。あんたの血はこの場で一滴も流れてねえのに、匂いがわかるんだよ。仲間を止めるどころか、自分を止めるだけで精一杯だ」


 そのまま、気を落ち着かせるように何度か深呼吸をしてから、男はサカイにもう一度顔を向けた。


「酷い病にやられて、家族や村のためにも死ぬわけにもいかなくて、俺たちは天ノ血に手を出した。手を出してはいけねえものに手を出しちまったんだ。最初は軽い気持ちだったが、少し経つと天ノ血が欲しくてたまらなくなってな。耐えきれずに飲むと、また飲みたくなる。どんどんそれが短くなって、それで……。だから仕方ねえ。兄ちゃんがいなくても、そう遠くないうちにどうせ死んでたさ」

「あんたはそれで、これからどうするつもりだ」

「悪いが、俺もこのまま逝かせてくれ。まだ、正気のうちによ」


 男は地面に座り込むと、サカイたちに頭を下げた。


「そんで、この森から南西にある俺たちの村――ヴェントという村に、俺たちはみんな天ノ血に乾き死んだって伝えてくれ」

「いいぜ、どうせその辺りにこれから行く予定だしな」


 サカイはそこまで言ってから、付け加えるように尋ねる。


「そういや、あんたら天ノ人を狙っていたらしいが、天ノ人を捕えたりはしてないか」

「そうか、兄ちゃんたちはお仲間を探しに来たのか」


 男は勢いよく顔を上げると、答えてくれた。


「俺たちの村の近くには、もう一つ村があってな。そこの奴らは住民の大半が天ノ血に手を出してしまってる。それどころか、ある時に天ノ人を捕らえてしまってな」

「その者の容姿は?」

「わかんねぇ。けっして、捕えた天ノ人を外に出そうとしなかった。俺たちがほんの少し天ノ血を分けてもらおうとして、一度話をしに行ったら、すぐに追い返されて、それから隣村に近づけなくなっちまってな」

「それで、あんたらはこうやって天ノ人を探し歩いていたのか。村同士で殺し合わないだけマシだったな」

「俺たちが欲しいのは人の命じゃない、天ノ血だ。そこまではさすがに……、いや、天ノ人さんを守ろうとした兄ちゃんをオレの仲間は殺そうとしていた……」


 男は手を震わせると、何度も何度も頭を振った。


「そのことに今更気づくなんてな。はは、俺ももう、終わりだな。なあ、終わらせてくれるか?」


 サカイは黙ったまま、剣を男に向ける。


「悪いな、恩に着るよ」


 その言葉を最後に、男の体は剣で数度貫かれ、地に倒れ伏した。


「こういう奴らを殺すのは、初めてじゃないが」


 血に塗れた剣を見ながら、話すサカイの声は低く淡々としている。感情を抑えているのか、その顔からも今は表情が消えている。


「何度やっても胸糞が悪くなる」

「サカイ……」

「行くぞ、あんたの友達とやらが本当に捕らえられているのなら危ない」


 振り切るように、歩き出したサカイの背を追おうとして、セァラは足を止めた。


「サカイ、この者たちは」

「気持ちは分かるが、埋葬している暇はねぇ。こいつの遺言を伝える時に、ヴェントの連中にこの場所を伝えるしかない」


 セァラはそれを聞くと、迷いつつも倒れた者たちに頭を深々と下げてから、サカイの後を追いかけた。

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