狂う者たち

「というわけで、傭兵さん。悪いがこの辺りに仕事はねぇと思うぜ。さっさと、よその地方へ行くのが賢明だな」

「そうか。色々聞けて助かった、ありがとな」


 たった今、聞き込みをしていた地ノ人ちのびとに礼を言うと、サカイはその場を素早く離れた。

 木製の粗末な家の前をサカイが通るたびに、傭兵が珍しいのか、村人が家の中から興味ありげに様子を伺っていることが感じられる。

 近くの街や村に作物を売ることで生計をたてているのか、この村は居住区よりも畑の占める割合が多い。サカイが横目で見た限り、栄養の少ない土地でも比較的育ちやすい作物ばかりだ。

 この村は、流行り病の影響が少なかったらしく、雰囲気が落ち着いており、サカイが流れの傭兵だと身を明かし、この近くに仕事がありそうなところがないか尋ねると、村人は快く話に応じてくれた。

 サカイは村外れまで戻ると、身を隠しているセァラに声をかけた。


「ここから南に行くほど、流行り病の被害が大きかったらしいんだが、その辺りに住んでる奴らが天ノ人あまのびとを捕らえてしまった、なんて噂話があるみたいだ。さすがに、捕らえられた天ノ人の容姿が分かる奴はこの村にはいねぇみたいだが」

「そうか、ならばその地域に行くしかあるまい」

「そう言うと思ったよ。言っておくが、あんたも襲われる可能性がある以上、表立っては歩けねぇから時間はかかるし険しい道のりになるぜ」


 セァラはしっかりと頷く。サカイは彼に迷いがないことを見て取ると、早速移動を開始した。

 このあたりの土地は、この村に限らず元々さほど豊かではない。実るのは、そういった痩せた土地でも育つ強さを持つ植物ばかりだ。その環境下で唐突に、流行り病が起こった。きっと、目も当てられない惨状が南の地域で起こったに違いない。それこそ、天ノ人の血に頼るしかないほどのことが。

 遠からず、結局は滅びる村が出てくるだろうな、とサカイは思った。血欲しさに天ノ人を捕らえてしまうほどだ。仮に、村人の大半が天ノ血あまのちを口にしてしまった村があるとするなら、いずれその村人たちは全員が血に狂い、血に乾いて死ぬ。その村は結局死に絶えてしまうだろう。

 サカイたちは人目を避けるように、森伝いに移動を続けた。サカイはセァラが疲れることのないよう、歩きやすい道を選びながら進んだものの森の中では限度がある。セァラは体力がないわけではないようだが、険しい道では遅れがちになるため、二人の歩みは速くはなかった。

 進むうちに、日が徐々に傾き始めているのに気づき、サカイは森の中で足を止めた。


「そろそろ、野宿するところを決めねぇとな。地ノ人に襲われる危険がある以上、村に泊まるわけにもいかねぇし」

「すまないな」


 頭を下げるセァラを見て、サカイはため息をつく。


「あんたは悪くねぇよ。天ノ人と地ノ人の関係なんて、遥か昔からそんなもんだろ」

「それはそうだが」


 ふと、サカイは別に誰かいるような気配を感じた気がして、周りに意識を向けた。ここは森の中で日も傾き始めている。人を襲う獣もいるような森だ。地ノ人がいるようには思えないが、


「……血」


 セァラとは違う誰かの声が、かすかに聞こえる。

 サカイは意識を集中させ、木々の後ろに、何かが身を隠している事に気づいた。サカイがどうするか考えようとした時、不意にその内の一つが動き出す気配を感じ取った。


「伏せろ!」


 セァラに言いながら、サカイは飛び出してきた影を剣で切りつける。鮮血が飛び散った。よろけた相手を見れば、粗末な格好をした地ノ人で、血を流しながらも痛みを感じていないのか、何かをひたすら呟いている。


「血を血を、寄こせ血を……!」


 その間に、男の体につけられた傷はみるみるうちに塞がり始めていく。

 全てを察したサカイは、すぐに男の胸に剣を突き立てると、男を蹴り倒した。倒れた男からそのまま剣をすぐに抜き、もう一度男の胸に素早く突き立てる。

 二度心臓を貫かれたくらいでは男は死なず、サカイは同じ行動を数度繰り返した。剣を抜く度に傷口から血が溢れ、男の服を真っ赤に染め上げ、跳ねた血がサカイの顔に飛ぶ。


「そこまでせずとも」 


 もう一度剣を抜くと、ようやく男の動きは止まった。セァラの問いかけに対して、苛立たしげにサカイは叫ぶ。


「もう、救いようがねぇからだよ! こうなっちまったら!」


 セァラは死んだ男の他にも地ノ人が次々と現れ、こちらを取り囲み始めていることに気づいた。

 皆、一様に何かを喚きながら、真っ直ぐにセァラだけを見て近づいてくる。セァラの前に立つサカイのことも死んだ男のことも、何一つ目に入っていないらしい。


「血だ!」

「寄こせ……血、血」

「天ノ人だ、天ノ人だ!」


 どう見ても、彼らに起こっているのは天ノ血を飲んだ者に起こる末期症状だった。天ノ血がなければ生きられないとはいえ、血が飲みたくなっても我慢できるサカイとは違い、彼らの頭の中は血のことで埋め尽くされていることだろう。彼らの視線は、セァラを捉えて離そうとしない。

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