第3話
「死んでないんだ」
「そうだな」
目が覚めたら知らない部屋で、親父が隣にいた。腕を組んで病室の椅子にどっかりと座り込んで、妙に大きく見えた。
「何やってるんだろうな。僕は」
「死にぞこなってな」
「そんな言い方はないだろ──なんだけど、僕飛び降りたんだから」
「死ぬことも中途半端にして。本当に死にてえんなら、電車にでも轢かれりゃよかったろ。そんなやつが絵なんてやれるわけがなかったな」
「いい加減にしろよ‼」
僕は起き上がって親父つかみかかろうとしたけれど、バランスを崩した。見れば、僕の両足が、膝の下からごっそりなかった。
「──あ」
どうするんだよ、これ。やってきたことができなくて、死に損なって、どうするっていうんだよ。
「お前、まだ絵はやるのか」
「やるって、そんなことより、僕の足が」
「聞いてるだろうが」
父が僕の顔を思い切りはたいた。殴られたのは、初めてだった。
「それどころじゃないだろ。これから、僕はどうやって」
「義足の金くらいは出してやる。もう一度聞くぞ。まだ絵はやるのか」
「うるさい。それくらいやるし、やってみせる。出るとき言ったろ。僕は絵をやってやるって」
「そうか。じゃあ頑張れよ」
──言うことは無いわな。そう言って、父は立ちあがり、病院から出ていった。僕は茫然として、親父の背中を見届けて、ベッドにもたれた。
ふと、地面に激突する寸前に見た、たわいもない記憶を思い返す。
「あぁ。死に損なったな」
父親、あーいう言葉しか言えないのかよ。思わずおかしくなってしまった。僕じゃなかったら、もう一回ここから飛び降りているだろ。
「なんとか、やってみるか」
窓の外は、一面の銀世界だった。からりとした空と空気が、ガラス越しに僕の体を少しだけ温めている。
□
「じゃあ、そろそろ帰るね」
「なに、もっとゆっくりしてったらいいじゃない」
母親が残念そうにそういった。けれど、僕には時間が無かった。飛行機の時間がさしせまっているからだ。
「父さん」
「死に損なったやつは息子にはいなかったはずだが」
「それもそうか。ではまた」
「おう」
僕は数時間で、両親の元を後にした。飛行機で移動したら、すぐに仕事があって、それは絵の仕事だった。
「また、会いに来るから」
僕はそういって母親に手を振った。部屋の中で父親が、小さな仏像を手に取っているのが見えた。その顔が、なんだか笑っているように見えて、僕は満足した。
個展の準備は飛行機の中でもしなくちゃならない。僕は歩みを進める。義足は今日も軽快に、地面を蹴って弾んでいた。
帰郷 現無しくり @Sikuri_Ututuna
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