天気雨

歌うクロネコ

第1話

 いつものような月曜日。朝起きたら雨が降っていた。雨樋をつたって流れ落ちる雨が行き場をなくして玄関の前で溢れかえっている。僕はカメラを手に取るとドアを開けた。

 雨の日は不思議だ、普段なら許されないことも許される気がする。いつもとは反対方向の電車に乗る、つまりは学校をサボるということ。普段なら罪悪感で押し潰されそうになり、なにかに追われているようなそんな気持ちになって、しまいには家へと引き返すのがオチだが、雨の音が響くホームはいつものこの場所とは違っていて、まるで僕を歓迎しているかのような雰囲気を漂わせている。ホームへと滑り込んでくる電車は、普段なら、銀色の箱型の機械なのに雨で濡れた車体と雨の音が響くホームで見るとまるでどこか夢の国。そう、ネバーランドにでもつれていってくれる、夢の乗り物のようなそんな気がする。これが、雨の魔法なのかもしれない。

 そんなことを思っていると電車はあっという間に駅に着いた。電車を降りて、カメラを肩に紺の傘を差して歩き出す、目指すは海辺の公園、ここには東屋がある。空はどんよりと曇っていて、気分までどんよりしかねないのだけれど、この東屋にいるとそんな気分も雨の音とともにどこかへ流れ去っていく。雨は疲れているときも、悲しいときもどんなときもすべてを受け止めてくれる。静かにそっとぎゅっと受け止めてくれる。 

 ここで過ごす一日は僕の数少ない休日だ。ここで一日を過ごして僕は家へ帰り、それからまた雨の日までの毎日を過ごすから。けれど、僕は雨の日を心待ちにしているわけじゃない。世界中の人と同じように、大事な日に雨が降りませんようにと願ったり、夏の暑い夕方には夕立ちが来れば涼しくなるだろう。と想像したりする。晴れれば学生の本業を全うし、放課後は友達とつるんで遊びに行き、または彼女や家族と過ごす。ただ、雨の日が来ればカメラをもって、いつもとは反対方向の電車に乗り、あの東屋まで行って一日を過ごす。ただそれだけの事。決して、決して雨の日が特別な訳じゃない。ただ雨の日は雨の日の過ごし方があり、晴れの日は晴れの日の過ごし方がある。ただそれだけなのだ。

 初めのうちは心配していた親も最近では雨の日の僕におつかいを頼むほど僕のルーティーンに慣れてきたみたいだ。僕はこのルーティーンを見つけてから少し生きやすくなった気がする。なんだかそう、肩の荷が下りたみたいに。ずっと抱えてきたものをやっと、置く場所を見つけたみたいに。

「晴~」

そういえば、雨月に初めてあったのはあの東屋だったな。

そんなことを思いながら立ち上がる。雨月が呼んでいる。さあ、行かなくちゃ。

雨の音の魔法にかかった僕は雨月の待っている、校門へと駆けっていった。

今日は晴れている。

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