第3話 虎、クマと対決したりもしたけれどやっぱり元気です
実は、書けなかったこの何年かも、「この題材でなにか書けそうだな」と思ったものを地道にメモしておいたため、「これとこれを組み合わせればいけるか」と書く材料にはこまらずに済んだ。
かといってすぐに文章がするすると流れ出てくるわけでもない。
まず、場面に応じた
書くという行為もまた、スポーツやゲームと同じように
また、世に出ている教本などを、勤務先の書店にて手に入れるなどして小説の構成や展開のつくりかたを勉強しようと思い定めた。
これまでは「文学に、過去の文豪の作品以上の教本などない」と
書くことは楽しいのか、と問う者がある。
その答えは人によって異なろうが、虎にかぎってみれば、楽しいと感じたことは一度もなかった。
書くことは、苦しい。
その一方で、生きることもまた、苦しい。
書かなくても生きていけるというのは、「苦しみもなく生きていける」の
であるならば、書いても書かなくても苦しいのであれば、書いてその苦しさをかたちとして残すほうが
ただ、それでもいまは、「書けること」がうれしかった。
こんなにも、血が踊るものかと筆を走らせながら虎は
こんな身となった自分にも、まだ、書くことを天にゆるされているような心もちがした。
――人生にも、いや虎生にも、こんなことが起こるものなのだな……
虎はそんな感慨にふけりつつ、
虎いわく「筆を走らせる」って言ったほうがかっこいいそうなのであえて訂正せずにおいたが、実際には「手の大きい人におすすめ!」というアフィリエイトサイトの文言を見て買ったでかめのキーボードでカタカタと不器用に入力したものなので、それを印刷して手にとる。
その
「書けた!」という喜びから、虎は勇んで道の駅へとむかう。
「おーい、
遠目ではっきりとはわからぬが、道の駅のガラガラの駐車場に
おや、どうも、
この町でいままで目にしたことはないが、たまさか訪れていた取材陣かなにかであろうか。
虎がそわそわと近づこうとしたところで、スン、と
――
強い、獣のニオイ。
一瞬「あれおれお風呂入り忘れたっけ」と虎は自分を疑って体臭をかぐものの、そういうことではなく、見よ、道の駅の駐車場へ山のクマが迷い込んできてしまっているではないか。
虎はそれに気づくと、われを忘れて全力で走った。
前傾姿勢をとると、自然と脚だけでなく腕でも地面をつかみ、時速60キロメートルは出ていようかというスピードへと加速していき
ズボンの太ももははちきれ、思わず知らず獣のうなり声がおのれの口をつく。
クマが、あちらこちらへと首を振りつつも、背後からのしのしと
ようやく
クマがガバッと立ちあがる。
黒い毛、
「トラくん……」
悲鳴をあげる余裕さえなく、絶望的に
横倒しにクマは倒れるも、すぐに立ちあがり、
「ガフッ、ゴフッ」
と短く、けれど
虎もまた、距離をとりつつ手足で地面をつかみ、いつどのようにも動けるよう構えつつ
「グルァァァァァァァ!!!」
クマはしばし様子を見るようにうろついたが、なにを思ったかドタドタと走っていずこかへと逃げていった。
「はっ、は……びっくり、しちゃった……」
「ありがとう……トラくん」
いやなに、と虎がこたえようとすると、となりの女性レポーターもまた腰を抜かして地面に尻をついており、虎たちのほうへマイクを突き出すように向けたまま硬直していた。
「いやー、マジでビビりましたね。取っ組み合いになったらまず勝てないだろうなと思ってたんで、逃げてくれてマジで助かりました」
と無難な感じのコメントをしたつもりでいた。
が、顔面も肉体も完全に虎である虎に無難もクソもなく、この映像がニュース番組で流れたことにより、
「いやー、マジでビビりましたね」
と虎男がテロップつきでしゃべっている映像が切り取られ、のちのちまでネットミームとして用いられることとなったという。
また、この件を機に「虎 ✕ 小説」という
完
男、虎となりて人里へ流れお賃金をもらう 七谷こへ @56and16
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