第2話

【事件だ!2】

「たいへん、たいへん、たいへん……たーいーへーんだよーっ!」

 私立江守潮えもりしお高校の廊下を、春喜ハルキが走っている。

「……いや。それ、この前も見たから……」

 今回はぶつからずに、彼女をよける秋楽あきら


「あ……秋楽アキラ、ちゃん……」

 隣を通り過ぎるときに、複数の感情が混じり合った複雑な視線を向ける春喜ハルキ

「……部室で」

「……うん」

 秋楽アキラもそれに複雑な視線で返して、またいつものように彼女を追って部室に向かった。


 四季部の部室。

「え……」「OHオーNOノー……」

 その事実・・・・を知って、ショックを隠せない哀夏アイカとフューリー。

「……」

 一方、すでにそれを知っていた春喜ハルキ秋楽アキラは、表情を隠すようにうつむいている。


「まさか……秋楽アキラちゃんが、転校しちゃうなんて……」

 わなわなと、体を震わせている春喜ハルキ

 いつも笑顔だった春喜ハルキのそんな様子に、秋楽アキラはどんな反応をすればいいのか分からない。ただ一言……、

「……ごめんね」

 と、何の意味もない言葉を取り繕うことしか出来なかった。



――――――――――――――――――――

【……だめだよ】

「ふ、ふざけんなヨ! そんなの、ダメに決まってるだヨ! ぶっ殺すヨ⁉」

 フューリーが、またどこかで覚えた言葉を叫びながら、秋楽アキラに掴みかかる。


「え……困る……。秋楽アキラがいなくなったら……私はこれから、どうやって遊べばいいの……」

 まるで、本当に大切にしていたおもちゃをなくしてしまったとでも言うように、哀夏アイカが絶望の表情で言う。


 そんな二人に、秋楽アキラはやはり、どう返せばいいのか分からない。

「ご、ごめ……ごめん、なさ……」

 と、泣き出しそうな顔で、同じ言葉を繰り返そうとする。

 しかし。


「みんな……だめだよー。秋楽あきらちゃん、困ってるじゃーん!」

 そこで春喜ハルキが、いつもの彼女らしい気持ちのいい満面の笑顔で、そう言った。

「……」

 だが、実は……そんなものではごまかしきれないほど、彼女はすでに完全に号泣していた。



――――――――――――――――――――

【さよなら、じゃないよ】

「……転校記念パーティ、しようよ!」

 春喜ハルキが、哀夏アイカとフューリーに向かって言う。


「送別会とか、お別れパーティ、じゃなくて?」

「?」

 キョトンとする二人。


 春喜ハルキは大きく頷く。

「だって、お別れじゃないもん……私たち、これで最後じゃないもん! これからも、私たちが秋楽アキラちゃんと、つながっていられるように……秋楽アキラちゃんが私たちのこと、絶対に忘れられなくなるくらいに、盛大なパーティをさっ!」


 秋楽あきらは、いつもの春喜ハルキらしいその可愛らしい笑顔に、まるで極寒の真冬のように鳥肌を立てて、感動する。そして、今すぐこの場から逃げ……いや、今すぐ春喜ハルキたちに飛びつきたい気持ちを抑えて、

「……ありがとう!」

 と言った。



――――――――――――――――――――

【きどあい!】

 秋楽アキラの転校日当日。

 宣言通りの盛大なパーティを終えた四季部の部員たちが、部室で肩を寄せ合っている。


 彼女たちは大切な秘密を共有して結託しあうように、視線を合わせて宣言する。

「私たち……これからもずっと一緒だよっ⁉ 何があっても、これから離れ離れになったとしても……絶対に裏切ったりしない! 私たち……」


「四人は……」

 秋楽あきらも、それに応える。


「「「いつまでも、最高の親友だっ!」」」

 それから部員たちは……部室の片隅にいる秋楽アキラに、穏やかな笑顔を向ける。今の彼女は、三人からパーティ・・・・をしてもらったことによる涙や、それ以外のもので、すっかりびしょ濡れだった。



――――――――――――――――――――




 ✕✕大学医学部付属病院。

 研究機関も兼ねるここでは、まだ一般的ではない新興技術を用いた治療法が試されることが、しばしばある。

 今も精神科のリハビリテーションルームで、一人の女性患者に向けてそのような治療が行われていた。


 彼女の頭には、無数のコードが伸びる仰々しいヘッドギア。眼の前には、そのコードと接続されたディスプレイがある。ディスプレイには、四つの枠――そのうちの三つにはマンガのようなイラスト画像が表示され、残る一つは空白――があった。

 それは、彼女の記憶をヘッドギアが電子信号として読み取り、ディスプレイに再現する医療装置だった。


 彼女は解離性健忘症……いわゆる、部分的な記憶喪失の症状を持った患者だ。

 今彼女には、失われてしまった記憶の周辺の、かろうじて覚えている記憶――ディスプレイの中の三つのイメージ画像――が与えられている。そして、それをヒントとして忘れてしまった空白の枠を彼女自身に埋めてもらい、記憶を取り戻してもらう……という治療の最中だった。


 その女性患者は、すでに何度もその治療を受けているらしい。慣れた様子で、タッチパネルも兼ねたそのディスプレイにペンをあて、空白の枠に「思い出した記憶」の絵を描いていた。


「ふう……。どうでしょう、先生? だいぶ私、記憶が戻ってきましたよね? もうそろそろ、治療終わりにできそうなんじゃないですか?」

 ヘッドセットを外し、得意気に微笑む女性患者。それに対して担当医師は、

「え、ええ……そうかも、しれませんね」

 と、歯切れの悪い言葉を返すだけ。


 だから、今日の治療が終わってから「また後日来てほしい」と医師から告げられたときも、その女性患者は少し不服そうな表情を作っていた。



 彼女が帰ったあと。

 そのディスプレイに描かれた四つのイメージ――それはまるで、四コマ漫画のようだ――を見た新人看護師が、脳天気な笑顔で医師に言った。

「わー。鈴木さんったら、もうすっかり、失くしちゃった記憶が戻ってるみたいですねー? だってこれ、鈴木さんの記憶から再現した三コマと、鈴木さんがご自分で描いた一コマ、全然区別つかないですもん! それだけ、はっきりと記憶が戻ってるってことですよねー?」

 しかし……。

「いいえ、全然ですよ」

 医師はそんな彼女の楽観的な言葉を否定した。

「え……?」


「むしろ、鈴木さんの症状は、どんどん悪化してます。以前は、『転校前の学校で受けた激しいストレス』によって、断片的に記憶を失っていただけだったのに……。今ではその失っていた記憶を、『自分にとって都合良く捏造した記憶』で、埋め合わせてしまっている。まるで、『事実』を思い出してしまうのを怖れているかのように……事実とは異なる『別のストーリー』を作り出してしまっている」

「え……じゃ、じゃあ、この、鈴木さんが描いた一コマって……?」

「はい。残っていた記憶から装置が再現した三コマは真実……ですが、彼女が描いた残りの一コマは、『事実とは全く異なるただの捏造』です」


 そう言われて、新人看護師はもう一度その四コマを見直す。

 女性患者は絵を描くのが得意だったらしく、パッと見は、彼女の描いたコマは他の三コマと見分けがつかないくらいによく馴染んでいる……ように見える。しかしよくよく見てみると、そこには微妙に違和感があることに気づいた。

 例えるなら……本来は「カタカナ」で書くべきところを「ひらがな」で書いてあるような。そんな、普通ならどうでもいいような、小さな違いがあるように思えた。

 それは、彼女が深層心理のどこかで、その『都合良く捏造した記憶』を拒絶している……ということなのかもしれない。


 それぞれの四つのイメージから、「患者の描いた捏造の一コマ」を外して、記憶から再現した「事実に基づく三コマ」だけを見た看護師。それによって彼女は真実に気づき、小さな悲鳴をあげる。

「こ、これって……」



「この治療法は、今回で中止にしましょう」

 医師は、苦い表情でため息をつく。

「だってまさか……『カンニングを手伝わされたり』、『冷水をかけられたり』して、記憶喪失になるほど強いストレスを与えられていた三人のことを、親友だと思いこんでしまうなんて……。せっかく、転校までして彼女たちから離れたのに……これ以上やっても、鈴木さんの心を更に傷つけてしまうだけでしょうから……」


 それから医師は、彼が担当していた女性患者……鈴木秋楽アキラのカルテに、治療方針変更の記述を追記するのだった。

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きどあい! 紙月三角 @kamitsuki_san

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