飼っていた猫
さかもと
飼っていた猫
洗面所で顔を洗っている時、ふと足元に気配を感じた。あわててタオルで顔を拭いて、足元のあたりに目線を落とすが、やっぱり何もいないことに気づいてがっかりとする。
長年飼っていた猫が先月、老衰で亡くなった。旦那と二人で悲しみにくれていた日々から、ようやく立ち直り始めていた矢先、家の中で奇妙な気配を感じるようになった。
さっきみたいに、ふとした拍子に足元を猫が通り過ぎるような空気を感じるようになったのだ。そればかりではない。リビングに私が一人でいる時などに、廊下からコツコツと歩く足音が聞こえてくることがある。猫と一緒に暮らしていた時は、猫の足爪がフローリングの床にぶつかる時の音が、家の中のあちらこちらからしょっちゅう聞こえてきていたので、その頃のことを思い出して嬉しくなってしまう。
それら、最近の家の中で感じていることの全てが、気のせいだと言うことは私にもわかっている。でも、心のどこかでは、あの子はまだこの家のどこかにいるんだなって、信じたがっている自分もいる。
ふと思いついて、かつて猫にご飯をあげる時に使っていたお茶碗を、押し入れから引っ張り出してきた。いつも、このお茶碗にあの子の好きなキャットフードをよそってあげていたのだ。そのことを思い出しながら、近所のコンビニで買ってきたキャットフードをお茶碗によそって、リビングの片隅に置いてみた。
明日になったら、お茶碗が空になっていたりするんじゃないだろうか。そう期待しながら置いてみたのだが、そんなことあるはずがないという気持ちの方が正直強い。
その日、仕事から帰宅した旦那が、リビングの隅にお茶碗が置かれていることに気づいて、「あれは何?」と尋ねてきた。
私は少し躊躇いながら、実は猫にご飯をあげているのだということを旦那にゆっくりと丁寧に説明した。
すると旦那は、困ったような顔をしてこう言った。
「何言ってるの? うちで猫なんて飼ったこと一度もないよね……」
飼っていた猫 さかもと @sakamoto_777
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