第2話 〝出逢い〟分かたれた歴史

 窓から射す暖かな光が、バルドの顔を優しくでる。

 〝時の宝珠オーブ〟の強烈な閃光に呑みこまれた彼は現在、粗末なベッドの上に寝かされていた。


「うッ……。俺は……。どこだ? ここは?」


 ベッドの上で半身を起こし、バルドは周囲を観察する。

 どうやら、木造の小屋らしき場所に寝かされていたようだ。


 窓枠はささくれ立ち、床板は所々が剥がれている。

 ベッドサイドのテーブルには、水差しとカップが置かれていた。


「ボロ……か?」

「そう! 酷いでしょ? せっかくフレストに来てあげたのに、この扱い!」


 若い女性の声がすると同時に、ベッドの脇に長い金髪の少女が現れた。

 彼女は学士用の法衣ローブを羽織っており、頭には山羊を思わせるツノが生えている。


 突然のことに目を丸くするバルドをからかうように、少女がケラケラと笑う。


「あははっ! ごめん、驚いた? 魔術で隠れてたのよ。だって、あなたがどんな男なのかわからないしさ!」

「あ……? ああ、それは良い判断だ。俺はバルド・ダンディ。君がその――助けてくれたのか?」

「助けたのはだけどね! あたしはナナ・ロキシス。ナナって呼んでよ」


 ナナはラグナス王国から〝交換留学生〟としてフレスト聖王国へやって来ており、先日 修了式を終えたばかりとのことだった。

 バルドはそれらの名称に、何か引っ掛かりを感じる――。


 すると小屋の入口が開き、真新しい鎧をまとった銀髪の青年が入ってきた。

 歳の頃はバルドやナナと同年代といったところだろうか。

 彼は爽やかな笑みを浮かべながら、ナナの元へと近づいてゆく。


「よっ、我が愛しのナナ! おっ、起きたか!?」

「うん、イスルド。まぁー、さっきね!」

「ああ、貴方あなたが俺――私を助けてくれた。えっと、イスルドさん?」

「おうっ! まーそんなとこだ! あと、そんなかしこまんなって! オレら、歳近そうだしさ!」


 イスルドは歯を見せて笑いながら、バルドの背中をペチペチと叩く。

 怪我でもしてしまったのか、バルドは現在、上半身が裸となっていた。


「ほらっ、着替え持ってきてやったぜ? オレのお古でわりィんだけどさ!」

「あなたの服、なんかボロボロだし変なニオイがするし、悪いけど捨てちゃった。洗う水も無駄になるし」

「そうか……。いや、ありがとう二人とも。助かるよ」


 神官長であるバルドには上等な法衣が与えられていたのだが、彼は研究に没頭するあまり、実験用の白衣を着ていることが多い。


「よしっ、それじゃ用も済んだし、そろそろオレはしゅったつするぜ!」

「初任務、頑張ってねー! ありがとね、イスルド!」


「勿体無きお言葉に御座います。ナナ・ロキシス・ラグナス王女殿下」

――イスルドは芝居がかったような口調で言い、ナナの前にひざまずく。


「もー! それ、やめてよー! 嫌いなんだよねー。その呼ばれ方」

「ハッハッハ、わりィって! んじゃ、浮気すんなよー?」

「するわけないじゃん、馬鹿! 早く行けー!」


 イスルドは満面の笑みを浮かべたまま手を振り、ひとり小屋から出ていった。

 そんな彼に対し、バルドは大きく目を見開いたまま固まっている。


 ナナ・ロキシス・ラグナスといえば、二百年前の才女と呼ばれた人物だ。

 そしてもう一つ、彼女には別の異名があった――。


――初代ラグナス魔王国。魔王ニズヴェリスの母にして、残虐なる魔女。


 ここは二百年前の世界なのだろうか?

 通常ならばありえないことだが、現在の状況が〝時の宝珠オーブ〟によってもたらされたのだとすれば〝ない〟とは言いきれない。


 バルドの額から、次々と冷たい汗が流れ落ちる――。


「ん? どったの? なんか面白い顔して」

「――いや、まさかナナが高貴な方だったとは知らず」


「あっはっは! ねっ、見えないでしょ? だからバルドも、あたしとは普通に接してよね!」

「わっ、わかった! その、顔が近ッ――!」


 目の前に迫ったナナの赤い眼から逃れるように、バルドはおもむろに顔を伏せる。ナナは再び大笑いをし、着替えをするバルドのために小屋から出ていった。


 彼女が居なくなったのを確認し、バルドは用意してもらった服へと袖を通す。

 イスルドとは体格が似ていたこともあり、サイズは問題ない。デザインは二百年前に流行していた標準的な仕様で、素材にはの毛も含まれているようだ。


 山羊はラグナスにしか生息しておらず、国交が断たれて以降はを由来とする産物は聖王国には流通していない。


「やはり、ここは二百年前の……」


 未だ確証は持てないが、調べてみる価値はある。

 上手くいけば、歴史を変えることで元の世界を救うことが可能かもしれない。


「いや、駄目だ。仮に俺が過去に来たのならば、すでに歴史は分かたれてしまった」


 この過去においてバルドという存在は、初めから〝二十歳の若者〟として世界に産み落とされている。もしもバルドが自身の先祖を殺害したとしても、すでに存在している〝現在のバルド〟が消滅することはない。


 バルドは元の世界からは、完全に切り離されてしまった。

 もうすでに、元の時代・元の世界を救う手立ては残されていないのだ。

 それは〝時の宝珠オーブ〟を開発した、バルド自身が最も理解していることだった。


「それでも……。いや、それならば……!」

――今度こそ、この世界を救ってみせる。


 現在のバルドは、見知らぬ世界に投げ出されたも同然。

 世界を救う方法など、見当もつかない。


 それでも〝やる〟しかない。

 あの絶望の未来を知るのは、バルドだけなのだ――。



 着替えを済ませたバルドは現在の状況を把握するため、街へ出ることに。

 体にはだるさが残っているものの、健康状態は特に問題ない。


 さきほどまで寝かされていた小屋は、フレスト神聖大学のりょうとして使われていたようだ。バルドが居た時代においては、あの場所にはレンガ造りの立派な学生寮が建っていた。


 街の住民らの話では、ラグナス王国との関係は〝やや緊張状態〟ということらしい。これはかつて読んだ、歴史書の記述とも一致する。


(思い出せ……。このあとに、何が起きた?)


 ラグナスが〝魔王国〟となったのは、ナナ・ロキシス・ラグナスが魔女と呼ばれはじめたことが切っ掛けだったはず。正直なところ、あのてんしんらんまんなナナに〝魔女〟のイメージはそぐわない。


 情報を得たバルドは一旦、あの小屋で考えをまとめることにする。

 彼は神官長を務め、天才とまで呼ばれた男だ。人並み以上には本を読んできた。だが天才的な彼とて、聖王国のすべての蔵書を記憶しているわけではない。



 日が傾き、だいだいいろの光が街を包む頃――。

 バルドは目覚めた小屋に戻り、粗末なベッドに腰かける。


 すると入口の戸が乱暴に開き――赤い両眼をさらに赤く腫らしながら、泣きじゃくるナナが小屋の中へと飛び込んできた!


 ナナはバルドの姿を確認するや、きょうせいを上げながら彼に飛びつく――。


「バルド! イスルドが!――イスルドが、死んじゃったよぉー!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る