滅びゆく世界と創世の神々

幸崎 亮

第1話 〝過去へ〟滅びゆく世界

 神によって創られた、植民世界・ミストルティア。


 この世界は神々による〝世界創生計画〟の初期段階に生み出され、老朽化によって滅びゆく運命さだめにあった。


 ミストルティアに残った唯一の大地であるユグドラシア大陸には、フレスト聖王国とラグナス魔王国の二国のみが存在しており、それらは相互非干渉をって、絶妙なきんこうを保っていた。


 しかし、この日――。

 均衡は前触れもなく破られることとなった。


 とつじょ、聖王フレストの元へ『ラグナス魔王軍が国境へ軍勢を集結させている』とのしらせが飛び込んだのだ。


 なぜ、これほどまでの大軍勢に気がつかなかったのか。それは魔王国のみが用いる〝じゅつ〟によってもたらされる、いんぺいこうによるものだった。



「国境の様子は?」


 神殿としての意匠を多く取り入れた、荘厳なる〝玉座の間〟にて。

 フレスト聖王は直属の近衛騎士団長、ムダールに状況をたずねる。


ぜんにらいを続けております。こちらも兵を回してはおりますが、それを上回る勢いで魔王軍の数が……」


 おそらく魔王軍は国境の目前にて、兵らの〝隠蔽魔術ステルスマジック〟を解除したのだろう。


 突如として眼前へと突きつけられた、圧倒的な兵力。

 これはいわば、聖王国への降伏勧告。


 と名乗ってはいるが、ラグナスの民も人類種である。ただ一点、頭にを思わせるツノが生えているという特徴のみが、聖王国の者らと異なっている。


 そしてくにの持つざんぎゃくさは、数多の歴史書を見れば明らかだ。


 おぞましい限りのじゅうりんりょうじょく。たとえ降伏を受け入れたところで、聖王国の民には耐えがたき地獄が待ち受けている。


 最悪の状況を想像し、王はいまいましげに顔をしかめた。



「ダンディ神官長からの連絡は?」


「ハッ! 現在、調整の最終段階に入っているとのことです!」


「そうか……。我らに抗える手段があるとすれば、彼の宝珠オーブのみだ……」


 バルド・ダンディ。二十歳という異例の若さにて、聖王国の宮廷神官長にまで上りつめた経歴を持つ、天才的な男。


 彼が研究中の〝時の宝珠オーブ〟は聖王国のみならず、この滅びゆく世界〝ミストルティア〟を救う、唯一の希望となるはずなのだ。


「まさか、魔王国はを狙って? だが、どこから情報を得たというのだ」


 現在、両王国の間には、一切の国交が無い。直近の交流として記録されているものでさえも、二百年前のフレスト神聖大学とラグナス魔術大学による〝交換留学〟が最後となっている。



 聖王が思考を巡らせていると――。

 取り乱した様子の兵士が一人、玉座の間へと飛び込んできた。


「申し上げます! ラグナスの魔王軍めが、国境を破って進軍を開始しましたッ!」


 その一報により、空間内の空気が一気に張りつめる。


 近衛騎士長ムダールは即座に防衛の指示を出し、伝令の兵を走らせる。周囲に控える側近らは明らかなろうばいを極め、あいがんするように神への祈りを捧げはじめている。


 王はあぶらあせにじむ額を押さえながら、深々と玉座に背をゆだねた。



「間に合わなかったか……」


「ああ、そのようだな? 愚かなる聖王よ」


 ムダールの口から発された、男とも女とも判らぬ不気味な声に、聖王はおもむろに顔を上げる。直後、自身の腹に走った鋭い痛みに、彼は顔をゆがませた。


「きっ……さま……!? 魔王か……!?」


「ホホホ、この者の肉体をはいしゃくするぞ? はヨルムルド・ニズヴェリス・ラグナス。ミストルティアをべし、偉大なる魔王なり」


 もんの表情を浮かべる聖王を蹴り落とし、ムダールにひょうした魔王は、どっしりと玉座に腰を下ろす。彼のからだの周囲には、闇色をしたもやのような魔力がまとわりついている。


 魔王は悪意に満ちた笑顔を浮かべ、怯える側近らをへいげいする。


 近衛騎士らは震える手で剣を構えるも、もはや守るべき王はない。

 そしてじきに、守るべき国家すらも滅してしまうだろう。


 ――しかし、その時。

 絶望が支配する玉座の間に、若者の大声が響き渡った。



「陛下! 完成いたしました! これこそが、〝時の宝珠オーブ〟で……」


 しかし若者は目の前の光景を見るや、青ざめた顔で言葉を失う。


 目を見開いたまま、床に伏した王。まがまがしい魔力を纏いながら、ふてぶてしく玉座で足を組む近衛騎士長。側近らはさくらんを極め、耐えがたき恐怖から逃れるべく自害を始めている有様だ。


「ほう、貴公がバルド・ダンディか? これはちょうじょう。その宝珠オーブをこちらへ」


「ムダール騎士長――ではないな? まさか、魔王か!?」


 バルドは両手で持っていたこぶしだいの〝宝珠オーブ〟を背後に隠し、得体の知れぬ存在に対して身構える。


「ホホホ、にも。宝珠オーブ開発のほうとして、貴公には特別に領地をくれてやろう」


「必要ない。魔王の言うことに耳を貸すほど、俺は愚かではない!」


さかしいことよ。では、貴公の頭脳だけでも持ち帰るとしよう」


 魔王は立ち上がり、ゆっくりと剣を抜く――。


 その時、彼の足元に倒れていた聖王がバルドに向かって腕を伸ばしながら、けんめいに口を動かし始めた。


 しかし、聖王はすでに虫の息。

 もはや彼ののどに、空気を振るわせる力は無い。


「まだ生きておったか。死に損ないめ!」


 魔王は虫ケラを見下すかのようにて、無防備な背中に剣を突き立てる。そこで聖王のからだは大きくけいれんし、やがてピクリとも動かなくなってしまった。



「ふん、ゴミめ。……さあ、宝珠オーブを」


 異変に気づいた魔王の表情が、きょうがくの状態で固定される。なんと彼の視線の先には、右手で宝珠オーブを掲げている、バルドの姿があった。


「貴様! 何をする気だ!?」


「これを渡すわけにはいかない。――陛下の最期のご命令だ。魔王に渡すくらいならば、しろとッ!」


「やめ――ッ!」


 決意の表情と共に。

 バルドは思いきり、宝珠オーブじゅうたんへと叩きつけた!


 宝珠オーブかんだかい音と共に、光の粒子となって砕け散る。直後、バルドの視界も強烈な光によって、真っ白にりつぶされてゆく。


 周囲のごうぜっきょうも、すべてが光でかき消され、彼の耳に届くことはない。

 そしてバルドの意識は吸い込まれるように、白き闇へと消え去った。

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