最終話 秘密はやがて約束になる。

 わたしの名前は佐藤芽依。妹の玲の様子が少し変です。

 なんだか不安でいるような、それでいて明日に期待を寄せてソワソワしている様な、一言で言えばいろんな感情が混ざっていそうな顔をしています。


 それもこれも、あのワンちゃんの影響だろうか。


 いつだったか、私の妹は変わったワンちゃんに、前日の晩御飯を分け与えるようになりました。


 ある日、なぜか機嫌の良い妹を、後ろからだいぶ距離を空けて尾行してみると、小学校には行かず、公園に行き、ワンちゃんとお話ししている様子でした。それにワンちゃんも答えているような気がしたので、不思議なものでした。



 わたしは、まあ、いっか。と思い、家にいる時より楽しそうな妹の憩いの場を守るため、お肉を包むサランラップを玲の手の届くところに置いてみたり、ゴミ袋をほんの少し緩めに縛ってみたりしました。


 わたしはそこでもう一度、そわそわしている妹に視線を戻しました。


 きっと喧嘩でもしたのだろう。


 わたしは気楽に、そんな風に捉えていました。




 次の日になりました。


 玲は、いつもと違っていました。


 お肉にもご飯にも目もくれず、そのまま小学校に行きました。



 おかしい。ワンちゃんはいいのかな。


 玲は元々不登校気味なので、まっすぐ学校に行くというのも、言ってはなんですが、変な話です。




 気になったわたしは中学校の帰りに、あの公園に寄ってみました。


 ワンちゃんなら、きっとこの事態について知っているだろうと思ったからです。あわよくばわたしもワンちゃんと話してみたいなんて思いながら。


 しかし、公園に着いた私を迎えたのは、ワンちゃんではなく、ワンちゃんの書き残したメモ書きだけでした。


 砂の地面に大きく描かれた文字。

 

 私は急いで高台に登ってその文字をスマホで写真に撮り、妹に見せるべく家へと走りました。




「ぜぇ…えぇ…はぁ……っはえっ……」


 普段走らないので醜く不恰好な走りだったでしょう。今も醜く不恰好な息切れを起こしています。もう少し、『はぁ、はぁ、』とか、可愛らしい息切れの表現ができるような女の子でありたいものです。


 そんな風に思いながら、わたしは息を整えました。ワンちゃんのことはおそらく母も兄も知りません。きっと、知られてはならないのだと、なんとなく感じていました。なので走ってきたことがバレないよう念入りに息を整えて、意を決して家に入りました。


「ただいま」


「……おかえり」


 妹は帰って来たわたしに一言つぶやきました。


 リビングには、ランドセルが放り投げてありました。今日、玲が学校から逃げ出して帰ってきたのであろうことがなんとなく見て取れます。


 ワンチャンと会うようになってからは減っていたことでした。


 やっぱりなんだかおかしい。言わなきゃ。


「あのさ、玲」


「なに?姉貴」


 妹はルービックキューブを回す手を止めてこちらを見上げました。玲は嫌なことがあるとルービックキューブを回します。もう2面揃っていました。


「あ、あの、えっと、これ、あのワンちゃんからだと思うの。今日公園、行ってないでしょ」


 わたしはそう言って、妹に写真を見せました。


「公園…?なんのこと?」


 なぜかそう呟きながら玲はわたしのスマホを覗き込みました。


「っ!これ………なん…で」


 妹が何か言ったのでわたしは耳を澄ませました。


「なんで、今日一日、忘れてたんだろ…?」


「そうだ…昨日、あいつが…」


「でも太郎はまた明日って…」




「まさか…魔法で記憶が消されてた…?」




「だとしたらあいつか…?」


 わたしには妹の呟いていることがいまいちよくわかりませんが、わたしは妹が忘れていた大事なことを思い出させたようです。


「ごめん姉貴、ありがとう」


 突然お礼の言葉をかけられ、私は驚きました。


 正直、『なぜワンちゃんのことを知っているのか』と、問い詰められるのではないかと危惧していたからです。


「そっか。おねーちゃん、玲の役に立てて嬉しいぞ」



 それを聞くと、玲はニコリと笑いかけてすぐさま家を飛び出して行きました。


 わたしには玲が何をしに外へ飛び出して行ったのかわかりません。


 でも、大事なことなんだろうなあ。なんて、思って、ひとり清々しい気持ちになっていました。


 わたしは、約束の示された写真を、静かに削除しました。


 秘密を、約束を、守るために。

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ひみつのわんこ 佐敷てな @sasiki_tena

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