第2話 メリーさん
正確な時代は忘れた。
人は死ぬと生前の記憶の大半を忘却し、魂となり冥府へ導かれると決まっているからだ。
そして魂となった生物はまた、現世で自らの魂の器として適した生命体が生まれるのを永遠と待ち続け、時が熟したら受肉し転生をすると相場が決まっているらしい。
どんな相場だよというツッコミを入れてしまいたくなるが、そうゆうルールで動いているのだから仕方ない。
俺が覚えている生前の記憶は、俺が常世で言う所の日本という国に生まれたホモサピエンスの雄だったということくらいで。
生前に何があってどうゆう人生を送ったかなどの詳細な情報は綺麗さっぱり忘れてしまっている。
たまに断片的な記憶を思い出すこともあるが、それも走馬灯や夢のようなものであり、折角思い出せたとしても次の日には忘却してしまっていることが多い。
ああ、常世というのは、現世と言い換えてもいい。
人間などの生命体が暮らしている現実世界そのものであり、お盆と呼ばれる一定の期間以外は俺たちは基本的に常世に入界することは許されないのだ。
そして俺が今通っているこの学校、この世界は、人間の存在する常世でも無ければ、死後に行き着く冥府でもない。
死者でも無ければ、生物でもない「半端」な者達が流れ着く先――境界である。
この世界は、そんな中途半端な化け物たちが寄せ集められた場所であり、言い換えるならば売れ残りの不人気商品を置くための在庫場所と断言してもいい。
どこにも居場所が無い者達が集う掃きだめのような世界だ。
常世では「怪異」「怪物」「妖怪」「モンスター」などと呼ばれる異形の存在がここには集まっている。
皆、およそ生物とは言い難い外見をしている者達が大半であり、首が伸びたり、山を飛び越えるほど大きかったリ、一つ目しかない異形の者など、それはそれは数多くの異形体がひしめき合う場所だ。
問題なのは、そんな化け物の楽園に。真人間である俺の入門が許されてしまったこと。
他の者たちは首が伸びたり、目が飛び出したり、体が腐ってたりするのに、俺だけ常世に有触れているような人間の姿をしたまま、この境界に存在することを許さているのは極めて稀なことらしい。
この学校の校長が言うには、「何千年と生きてきたワシでも、真人間のままこの世界に迷い込めたのはお主を入れて二人しかいない」らしい。
生前はただの冴えない一般人Aであった俺も、この世界では大変目立つ存在だ。
外出をする度に、妖怪たちにまるで博物館のパンダかのように見つめられ、その一挙所一統則を監視される毎日。
おまけに頭のおかしい妖怪たちに絡まれ、毎日神経を削らせて生活を送っている。
遺影の写真を見せられた岡田は、その写真と俺を何度も見比べた後、校内入場を許した。
最初は注目されることに少しテンションをあげて喜んでいたものの、それが毎日続くとなると話が代わってくる。
生前、テレビに映るスターに憧れの眼差しを向けていたものの、今となっては彼らに感じるのは憧れではなく同情だ。
毎日監視され、毎日話題の種にされることが何と辛いことか、今となっては身に染みるほど分かる。
誰にも注目されず、平穏な日々を送れることが、どれほど幸せなのか、と。
とため息を吐いていると、突然鞄に入れて置いたスマートフォンが振動した。
大方、電話をかけてきた相手に見当がつくが、それでもスマホを取り出し通話に出た。
すると案の定、期待通りの声が聞こえてくる。
「もしもし? 今、私は学校の最寄り駅にいるよ」
「……はいはい、分かりました。ていうか、前に俺、君に言わなかったっけ? いちいち自分がどこにいるか現状報告する通話を寄こしてくるなって」
「……また電話するね」
ツーっと、スマホ越しに通話が切れた音が鳴る。
俺はため息を吐きながら、スマホを鞄に戻し数歩歩いた。
すると再び電話が鳴る。
俺はイラつき、声を少し高ぶらせながら通話に出る。
「ハイハイ、何ですか」
「もしもし? 今、私は学校の坂道の前にいるよ?」
「だからあ、君がどこにいるかとかどうでもいいんだって」
「……また電話するね」
ツーっと再び電話が切れる音が。痺れを切らした俺はスマホの充電を落とし、カバンの一番深い所に突っ込んだ。しかし数秒後、確かに切断したはずのスマホが再びバイブした。
だんまりを決めてやろうと覚悟して、スマホの着信を受け取らない。
しかし、スマホは永遠とバイブし続ける。
俺が通話に出るまで、永遠に。
下駄箱の前にまで到達した俺は、眉間に皺を寄せてブちぎれながら通話に出ることにした。
「だ か ら。 通話はいらねえって言ってんだろ!!」
「うん。もう必要ないね。だって私……」
通話の音声が途切れ、自分の背後から少女の声がした。
「も う あ な た の う し ろ に い る も ん」
冷や汗がぶわっと湧き出る。
後ろを振り向くとそこには、自分より頭一つ分ほど小さい背丈の女子生徒がいた。
ボブ型にカットした可愛らしい綺麗な黒髪。
片目は眼帯により隠れ見えず、もう片方の裸眼も前髪で隠れていて見えないが、その赤色のルビーのような瞳が前髪の間からうっすらと輝いて見えた……時にはもうすでに遅かった。
背中の下腹部に猛烈な痛みを感じる。
手の平を添えてみると温かみのある体温を感じた。
手の平を確認すると、そこには、朱色の液体が。
そう、紛れもなく、俺の流血だ。
背後の少女はワナワナと震えながら、
ピンク色に染まった小さな可愛らしい出刃包丁を握り締めている。
俺はそれを確認すると、目を細めながらゆっくりとその場に倒れた。
「あ……し……死んじゃった……でも……私、悪くないよね……だって……愛する彼女の……電話に……三コールも……待たせて……出るなんて……あり得ないもんね⁉」
その少女が何を喋っているのか分からないが、擦れた意識の中で彼女が猛烈に俺に対し怒りを感じ、同時にとてつもなく俺に執着していることだけは理解できた。
これだから。
妖怪やら怪異と関わるのは嫌なんだ。
冷血の百鬼夜行 鹿十 @hinatanatanata
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