第一章 卒業編
第1話 新学期
制服に腕を通した。黒一色の喪服のような制服だった。
毎度思うが、縁起が悪いというか、趣味が悪いというか……喪服のような正装は洒落にならないのだから止めて欲しい。
特徴といえば金色のボタンには学校の校章と思わしき花形の紋章が刻まれている。この形状から推察するにおそらくモチーフとされている花は彼岸花だと思われる。
鏡を見つめ、襟を正す。
自分の地味目な容姿と相まって更に地味さに拍車がかかっていると感じた。
大衆の中にぽいっと放り込んだら、一瞬で溶け込めてしまう自信がある。
今日から新学期だ。九月の始まり、変わった学校とはいえ新学期の始まりは常世に存在する有触れた一般的な学校と大きく変わりはしない。夏のお盆も終わり、大半の生徒が常世から帰還しているしな。新学期が始まるタイミングも同じだ。
玄関の隅に置いてある仏壇に線香をあげて、テキトーに手を合わせる。
もはやルーティン化したこの作業の反復は、俺の中で本来の意味を失っている。
こうゆう慣習には真心ってもんが一番必要とされるだろうに。
回数をこなすうちに作業だけが簡略化、拘束化されていき、いつのまにかお祈りしていた意義と理由を失ってしまった。
まあ死者への弔いなんて、苦しい時の神頼みと根本的な部分は同じだ。形式だけがどんどん先行し、その所作の中に本当の真心なんて微塵も入っちゃいない。
死者の存在をいつまでも本当の意味で覚えている存在なんて親や兄弟くらいだろう。大体の人間はいつしか死者の存在を忘れ、前を向いて生きていくようになる。
それを軽薄とか何とかいって侮蔑する者もいるだろうが、弔われる本人からすれば、いつまでも思い出されて仏壇の前でメソメソ泣かれるより、見切りをつけて前へ進まれた方が幾分かマシってもんだろう。
少なくとも、俺はそう思う。
いつまでも死者に拘ってないで、前を向いて生きろってんだ。
あちら側に生きる人間にそうエールを送るつもりでブツクサ脳内で一人事を語りながら長い坂道を進んでいると、周りに同じ学校の生徒たちが集まりだし活気に溢れていく。
校門の前までいくと、体育教師の岡田が生徒をじっくりと睨みながらたたずんでいるのが見えた。
今となってはもはや時代遅れだが、持ち物検査というやつだろう。
メンドクサイと思いつつ、そそくさと校門を通ろうとすると、岡田の視線が俺に集中する。
「おい、待て、お前。荷物を見せてみろ」
なんでいちいち目を付けられるんだよ。そんな不良に見えるか? 俺が?
別に髪の毛を染めているわけでもないし、ピアスを開けているわけでもないし、制服を着崩しているわけでもないし。ていうかたとえそれらのことをやってたとしても、この世界ではお咎めを喰らうことなんてあるわけないのに。
まあ、そんな一般ピーポーな俺が目を付けられる理由なんて見当しかつかないけど。
「お前、学生書を見せてみろ。何故お前のような人間がここにいる?」
「学生書っすか……?」もみ手をしながら眉間に皺を寄せて言った。
「ああ、身分を確認できる顔写真付きの何かを出せ」
「……ええ……はいはい」
面倒だと思いながらも鞄を漁って財布から学生書を取り出そうとしたが、無い。
見つからない。
おかしいな。
どこかで落としたかな?
「おい、早く見せろ。何をもじもじしている。やはりお前はこの学校の生徒ではないな?」
ああ糞、疑われてるよ。
もうしょうがない。学生書以外の顔写真を出すしかない。
こんなもの出したくないけど、これしか無いからしょうがない。
「……あの、すみません。遺影でもいいっすか?」
岡田の口があんぐりと空いた。
そうだ。皆にも分かるように端的で簡単な言葉で俺を言い表してやろう。
何故、岡田がこれほど驚いているか。
そう、その理由は俺が正真正銘、ただの真人間であるからだ。
そしてさらに付け加えるとするならば、俺は死者である。
魑魅魍魎の妖怪が跋扈するこの世界において。
異常ではないこと。
タダの一般人であることは。
大きな問題児であった。
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