第7話 ギルドで乾杯~

 ターキーたちが街に入ると、マルカとミッツが立ち止まっていた。

 二人は、なにかを警戒している様子で、しきりにキョロキョロしている。


「ん? どうした?」


 ターキーが後ろから声をかけると、「しっ! 静かにして」とマルカが振り向きもしないまま答えた。


 ターキーは、ミッツも息をころし気配を消そうとしているのがわかった。


『…なに? なにかやばいやつ?』


 ターキーはあとの二人に動かないようにと手で合図してから、ゆっくりとミッツに近づき、小声でたずねた。


『…双子のじじぃたちが隠れているぽい。マルカがかすかに笑い声が聞こえたってさ。でも目をこらしても、どこに隠れてるのかわかんないだよ』


『なるほど…ね…』


 ターキーはすぐさま後ろの二人のもとへゆき、事情を説明して、そのまま待機をお願いした。ひとりでも捕まればやっかいだからだ。

 双子の針灸師のじぃさんたちは、一度からむとしつこくて離さないので有名なのだ。たとえ大人数でも、ひとり捕まえて店にひっぱれば、みんな捕まえられる自信があるようなのだ。

 

 針灸の腕が良ければまだ諦めもつくが、さほど効果に期待が持てない…二人とも良くも悪くもどっちでもない腕前なのだ。


『…あーもう暗くなってきて、よく見えないよ。なんでここに街頭設置しないんだろう、この街っ』


 マルカは、夕日が海に沈みだして暗くなり始めた街角を目を細めながら警戒していた。子供の頃に父親とこの付近を歩いていたら、二人にとっつかまって針灸をされた嫌な思い出があるのだ。

「地元の人間だから遠慮する」と断る父を「まぁまぁ」とまず店にひきずりこんでお灸をし、泣きじゃくるマルカも引きずり込んで、おかっぱ頭に数本の針をぶっ刺さされたのだ。

 唯一の救いは、「地元割引だ」と、通常の1,5倍の値段でしてくれたことだろう。

 灸をすえられた腕をさすりながら、父親が財布からお金を払っていたのを子供ながらにマルカは覚えていた。


『あいつら、マジキモイから嫌だっ』


『マルカ、なにか見えるか? もしくは、聞こえるか?』


『…ぁ、ターキー。あのね、あそこの角あるじゃん? そこに薄い壁板が立てかけてあった記憶がるんだよ。もしかしたらそこに隠れてるかも? と、さぐってるんだけど…』


『ぉ、あそこか…ちょとオレが行ってみてくるわ。隠れてたら板倒して知らせるから』


 ターキーは隠密のスキルを発動して、足音を立てないように走り出した。


『…もうここらへって、なんで夕方になると静かなんだろ。ちょっとした音でも響いちゃうもんなぁ。ターキーならミスらないとは思うけど』


 マルカが息をひそめて、角を見守った。


「あれっ!?

 なんだーみんな、今帰りかーっ。

 オイラたちも手こずっちまってさあ、こんな時間になっちゃったんだよっ」


 と大笑いしながら、アキルスが肩にかけた大鞄を叩いて森から出てきた。

 そのあとに、のんびりとウチチが続いている。


「うわっ!」

 

 アキルスの声に反応して壁板の後ろに潜んでいた双子のじぃさんジッペとパッペが飛び出してきて、倒れた板にターキーがぶつかり、驚いた拍子で隠密が解けて、ターキーの姿が出てしまった。


 そして、あっけなく双子のじぃさんたちに、ターキーは捕まった。


「アキルス、やってくれたな…」


 ミッツが後ろで馬鹿笑いしているアキルスの頭を堅杖でこづくと、アキルスは「痛いじゃないかっ」と、やっと馬鹿笑いをやめた。


「アキルス君、きみのせいでターキー君が双子のじぃさんたちに捕まったんだよ」


 セタが肩をすくめながら、ため息をついた。


「えーっそれやばいじゃんっ、オイラのせいっ!?」


 アキルスはことのやばさに気がついて、動揺した。


 ウチチは慌てて飛び出そうとするアキルスの後ろからシャツを掴んで、それを制した。


「ダメですよ、キミも捕まってしまいますよ。

 あのじぃさんたち、へんな技持ちですからねぇ…大男でも針数本刺せばへなへなに倒せるってうわさがありますからねぇ」


「じゃ、どう、どうしたらいいんだ? ターキーだけ犠牲にできないだろっ。助けなきゃ、仲間だろ?」


 アキルスがみんなに訴えかけたが、反応はいまいちだ。


「おまえの気持ちもわかるがなぁ…1回の施術に1万Gだぞ?

 俺たち全員とっ捕まっちまったら、7人で7万G…もろ赤字…てか、今日の報酬出しても足りないんだよ。あのじぃいさんたち払うまでとことんつきまとうだろうから、捕まったら最後、もうさ、逃げらんねーの。ならここで我慢して、ターキーひとりで犠牲になってもらおう…泣く泣くの選択だ、わかるだろ?」


 ミッツがアキルスを説得しようと図体のデカい彼の肩に手を伸ばしたところを、すーとスアラがミッツの懐に入り込んで、彼のローブをめくると内ポケットからあるものを取りだして、ポイっとマルカに投げた。


「え、え、なになに?」


 ターキーたちのごたごたをよそに、後ろの様子を気にしていたマルカが、薄ぐらい闇の中、キラリとすっと飛んできたものを、あわあわとキャッチした。


「マルカ君っ、それ、じぃさんたちのお店の方に投げてっ! 早くっ」


「あ、うん、わかった!」


 マルカはスアラに言われるまま、ごつごつしたものを思いっきり針灸師の店の方へと投げた。


 それはキララと輝いて、キャリリリンと音をたてながら石畳の道を転がって奥へと消えていった。


「おぉっ! ジッペっ、あの音は岩犬の鼻じゃっ鼻っ! 売れば1万Gじゃぞっ!」


「おぉパッペっ、仕事せずに1万G稼ぐとはありがたいのぉっ、盗まれぬうちに探しだせやいっ」


 双子のじぃさんたちはとっ捕まえていたターキーの肩と足から手を離し、音の消えた奥の道へと走って消えた。


「…さ、今のうち…いこう」


 スアラは、ぼけーと突っ立ったままのみんなに合図して、倒れているターキーの元へと長ローブの裾を引きずりつつ、と駈け寄った。


 それに気づいて、マルカも続いた。


 出入り近くのみんなも我に返り、慌てて後を追った。


「平気? ケガはない?」


 マルカがしゃがんでへばっているターキーの顔をのぞきこんだ。


「あ、なんとか…でも少し腰が抜けてるかも…じぃさんたちに針打たれちまった」


「ごめんよ、ターキー…知らなくてさ。オイラが担ぐから、ギルドへ急ごう」


「だな。じじぃたちが戻ってくるかもしれねーからなぁ」


 アキルスがターキーを担いで、ミッツが警戒しつつ、みんなでその場を一目散に駆け出して離れた。

 ややスアラとウチチの足が遅かったが、双子の針灸師たちが追ってくる気配はなかった。


「…ごめん、かってに投げてしまって」


「あ、いいよ、いいよ。リーダーの俺がそれに気づかなきゃいけなかったんだし。

 スアラ君のおかげでターキーも救助できたから、問題ないさ」


 街中に入って、たくさんの街灯が明るく石畳の道を照らしだしたので、6人は走るのをやめて、歩きだした。ターキーはあいかわず、アキルスに担がれて、デカい肩でぐたっていた。


「あぁ…オレもまだまだだなあ。つい驚いちまって隠密切らしちゃってさ。

 で、このありさまだからなあ」


 ターキーは、担がれたまま、とほほな顔でぼやいた。


「いやいや勇気があると思うよ。私なんかなにもしていなかったし」


 セタがそういうと「うちもそうだし」とマルカが同調し、「わたくしもですよ」とウチチが続けた。


「なら、俺もだから。

 今日はスアラ君が大活躍てことで、ギルドで報告終わったら、そのまま食堂で乾杯しようぜ」


 ミッツは依頼品の詰まっている大鞄を叩いて、みんなの顔を見渡した。


「あ、そろそろ私が持ちますよ。けっこう重たいでしょう? 鉱石たくさんつまった鞄は」


 セタがミッツに手を差し出して、鞄を受け取った。


「ありがとー。いやーマジで重くてさ。でも言いづらかったんだよなぁ~リーダーだからさ。うほほほほほ」


 と、ミッツは肩をもみながら、太眉をさげて、へらへらと笑った。


「でもさー、さっきのアレ、1万Gでしょ? ターキーが施術されなくて済んだのは良かったけどもさ。結局さ、施術代の1万G払ったのと同じだよね~」


「ばかか、マルカ。あれはあってないやつだろが。考えてみろよ。もともと依頼になかっものだからな。痛くもかゆくもないじゃないか」


 ミッツは自慢げにそういいながら、「俺たちには依頼料がある」と嬉しそうに笑った。


「でもさー、今日の報酬って二つで15000Gだよね。

 明日さ、学校に10500G持ってくんだからさ、残り4500Gでしょ?

 あ、そうだ、大鞄2つと草取り鎌4つもレンタルしてたっけ…

 お酒1杯500Gでつまみ頼んだら…赤字じゃない? いつもアキルスとウチチが、たくさん注文するからさ~足りない分、ミッツおごってくれるの?」


 マルカが隣りを歩くミッツの顔を覗きこむと、表情が固まっていた。


(ダメだ、こりゃ…)


「はい、みんなー。食べた分は自己負担でよろ~つまみもね」


 マルカがそういうとアキルスとウチチが「えぇーっ」と嫌がったが、他のみんなは「それでいい」と、納得したようだった。


「いいじゃん、報酬で乾杯だけはできるし。

 ま、それで今日の報酬なくなるけどね~

 あ、ミッツはちゃんと明日お金の入金忘れずにしてよ。

 ババロバさん、ほんとうに言うから。

 あの人、最近うちの近くに引っ越してきて、嫌でも会うんだもんっ」

 

 ぶつくさ言うマルカに「へいへい」と、ミッツは、しぶしぶうなずいた。


 やがて7人は夜の海辺のギルドにたどり着いた。

 そこはどこよりも明るく賑やかで、光りに吸い込まれるように、みんなは店内へと入っていった。


「あ、セブンズスターキャッツお帰りーっ、あんたたち遅かったじゃない」


「ただいまーいろいろあってね~」


「なになに面白い話し? 聞かせてちょうだいよ」


 優しい夜風は波の音と気立ての良い受付嬢の声を乗せて、観光客でにぎわうトイダラーの繁華街に吹き抜けていった。


 今夜も酔いつぶれる者たちが癒しを求めて海辺に集まることだろう。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

冒険者7人PTでわいわいおー! マァーヤ @maxarya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ