10 ノスリの野望

 北方に向かうお召し列車のなかは、人族の王宮と何ら変わらない豪華さだった。

 大きなベッドがあり、風呂があり、厨房があり、贅沢そのものの作りだ。毎食豪華な食事が出てきて、目が回りそうだ。


 列車の旅の途中、ノスリは果物で醸した酒を勧めてきた。ずっと一口すすると、さわやかな酸味と、果実の香りがして、とてもおいしかった。


 2日ほどで、鉄道最北端の土地にきた。ここからは自力で進まねばならない。お付きの者たちは二人ではだめだと言うのだが、ノスリは、


「俺は筋肉だけが取り柄だからな。大丈夫。だよな、トリノコ?」


 と聞いてきた。わたしは頷いた。


 ここまでやってきた冒険で、ノスリの強さは体感している。ノスリと一緒ならなんでもできる、そういう気持ちだ。


「なんていうところに行くの?」


「ギ、という土地だ。鍛治の技術を持っている土地だそうだ」


「ギ。聞いたことがない」


「だろうな。わずかな数の矮人しか住んでいない土地だ。でもだからこそ、素晴らしい技術を門外不出で守れているらしい」


 ノスリは真っ白い翼を広げた。石火矢で撃たれたところの傷は塞がっている。わたしはぎゅっと、ノスリにしがみついた。


 北方を旅しているので当然寒い。渡り鳥の群れとすれ違ったり、野生の大鹿が群れをなすのを見たりしながら、ギという土地に向かって飛んでいく。


「見えた。あれがギだ」


 ノスリの見る方向を見ると、鉱山と鍛冶場があるらしく、煙突から黒煙がモクモクと上がっていた。近づけばハンマーの音や採掘場の機械の音が楽しげに聞こえてくる。


 ギに降り立った。ノスリはやっぱりわたしを小脇に抱える。子豚扱いに文句を言うと、


「だって翼人族には子供を小脇に抱えるっていうのが当たり前だから……」


 と、困った顔をした。


「わたしは子供じゃありませんー!」


「お、笑った」


 そんなことを言われたら赤面するしかないではないか。顔を赤くして俯いていると、ノスリはハハハと笑って歩き出した。


「ここだ。ごめんくださーい」


「ちゃんと挨拶してから入るようになったんだ。進歩だよ」


「もうただの戦士じゃないからな」


 そう言っていると矮人の老人が現れた。恐ろしくヒゲがモジャモジャしている。


「なんの用だ」


「義足作りをお願いしたいのです」


「ふむ。入れ」


 矮人は思いのほかすんなりと家に入れてくれた。顔こそ怖いし物言いもカドがあるが、実際はいい人でこれが矮人の平均なのかもしれない。


「義足って、なんであらかじめ教えてくれないの」


「サプライズってやつだ」


「足が付け根からないのか。作り甲斐がある」


 矮人は図面をさらさらと引いていく。


「出来上がりは1ヶ月後だ。どうする? 取りにくるか?」


「着払いで翼人族の城に送ってください。これが代金です」


 ノスリはどん! と金貨の袋を置いた。


「わかった。納期には間に合わせる」


 それで、北方へのお忍び旅行は終わった。


 ◇◇◇◇


 冬になった。

 翼人族の都セネイはとても暖かいところで、北方からやってきた渡り鳥たちが窓辺で忙しくさえずっている。雪も降らないしあまり冬という感じもしない。


 ノスリの発足させた議会は、政治や経済に詳しい人を集めてあるので、戦士であるノスリが必要以上に出しゃばる必要はない。ただしノスリが必要だと思う政策はちゃんと議会にかけられる。実にフェアなシステムだと思う。


 ある朝、鳥がさえずるのを聴いていると、侍女が荷物を持ってしずしずと部屋に入ってきた。


「それはなんですか?」


「ギより到着した、トリノコ様の義足にございます」

 全力でベッドの上を這って近寄る。箱を開けてみると、脚がひと組入っていた。取り付けてみると、背筋がぴんと伸びて、それを履いただけで立つことができた。


 歩けるのかな。ゆっくりと一歩踏み出してみる。歩ける。すごい。嬉しい。涙が出る。


 そのまま、ふらふらとわたしは駆け出した。ノスリのいる執務室に向かう。


「トリノコ?!」


「ノスリ! 見て! 脚! 義足が届いたの!」


「自分の脚で歩く気分はどうだ?」


「最高!」


 それはよかった、とノスリは微笑む。とても穏やかな微笑みで、胸の奥に火が灯ったように感じた。


「次はなにをするの?」


「ギの技術を広めてもらえるように、ギの職人たちを説得する。そうすればアロトの村の人たちも、無くした腕や手を手に入れられるかもしれない」


 ノスリはふうーっと息を吐く。


「アロトの村だけじゃないんだ。旧翼人族軍には慣例として、逆らった平民の腕を見せしめにもいだり使い物にならないくらい痛めつけたりする習わしがあった。軍部の横暴のせいで、手足を失ったひとを補償するのが、軍のやるべき最大の課題だ」


「そっかあ……」


「それがどうにかなったら、南方の女傑族との友好協定を結ぶ議案を出す。ホットチョコレートが毎日飲めたら嬉しいからな」


「そうだね、それは素敵なこと」


「友好国をどんどん増やして、ゆくゆくは世界をひとつに統一できないかと考えている。翼人族は高いところから見下ろすことができるわけで、それならばきっと世界をひとつにまとめることができるはずだ」


 ノスリの野望の大きさに言葉を失いかけるも、そうなったらいいな、と思う。ノスリの世界征服に、わたしもついていこう、と決めた。

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鳥の子姫と覇王の翼 金澤流都 @kanezya

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