9 旅をしないか
翼人族の城は人族のそれと違って複雑な構造になっている。おそらく長い戦争の歴史があるからだろう。
その城のなかを、ノスリは一瞬も止まらずに駆けていく。剣で兵士を薙ぎ倒し、ときおりわたしが魔法をつかい、どんどんと進む。
いちばん奥にある謁見の間にたどり着いたが将軍の姿はない。卑怯なことにどこかに逃げたのだろう。それだけノスリが恐ろしいのだ。
「どこに逃げたんだろう」
「心当たりはあるが」
ノスリはひとつ息をついて、
「それより先にヒワを探そう。オモチャにされる前に」
と、顔を上げた。
ノスリはわたしを抱えて、城からすぐのところにある軍人たちの宿舎に向かった。そっと忍び込むと、なにやら食堂がわあわあと盛り上がっている。
「放してください!」
ヒワの強い声が聞こえた。誰かがヒワを蹴ったようで、悲鳴が上がる。
「ほらほら、頑張って抵抗しないともっと酷い目に遭うぞ?」
「たっぷり楽しませてくれよなぁ」
軍人たちの下卑た声に、ノスリは唇を噛んだ。
「トップが堕落したとたんにこれだ。こいつら、この間まで国民のために命を尽くす所存、とか言ってたんだぞ」
「お? 誰だ?」
軍人の一人がわたしたちに気付く。
「ノスリ……? なんでお前がここに。死んだんだろ?」
「残念ながら生きているんだ。その女性を解放しろ」
「お断りだ。将軍閣下からオモチャにしていいと約束をいただいているからな」
「ならば力ずくでいく」
ノスリは剣を構えた。軍人たちは石火矢を構える。これでは勝ち目はないと思ったが、ノスリのほうが一手速かった。軍人たちは引き金を引く間もなく倒されていく。
そのままヒワの腕を掴み、軍人の宿舎を出た。
「飛べるか?」
「風切り羽根を切られて、飛べなくなった」
ヒワは全身打撲だらけで、服もボロボロになっていた。言葉通り羽根もいくらか切られたようだ。
どこかで休ませる必要がある。ノスリは悩まず、孤児院にヒワを預けて、園庭から城を見上げた。
「将軍を倒すには将軍を探さねばならない。この騒ぎで執務室に詰めているか、あるいは愛人とどこかに逃げたか。トリノコはどちらだと思う?」
「軍人たちの感じを見てると、愛人と逃げた、っていうのがいちばん想像できるかも」
「よし。都を脱出するには鉄道か馬車を使う必要がある。あの老いぼれが飛べるとも歩いて都を出られるとも思えないしな。お召し列車が出るか、ちょっと駅のほうに行ってみようか」
ノスリは優雅に羽撃くと、駅に向かった。妙に豪華な列車が止まっている。
「案の定のお召し列車だ。これに乗って都を脱出するつもりなんだろう。あるいは影武者を使うか……」
ざっざっと足音が聞こえた。物かげに隠れて様子を伺う。大量の勲章をぶら下げた将軍らしき男が、美しい寵姫とともに列車に乗り込む。いまだ。そう思ったがノスリは違う方向に羽ばたいていく。
「影武者だ。耳の形が違う。将軍は格闘技を修めた人で、耳が潰れているんだ」
ノスリの鋭いカンにしみじみと感心する。続いて馬車の検問を伺うと、軍所属と思われる馬車が、なにも検査されないで通過していた。
「おそらくあれだ」
「確認する?」
「爆弾を進路上に落とせばさすがに止まるだろう。やってみてくれ」
というわけで爆弾を放る。どおん、と大きな音がして、馬車から軍人が飛び出してくる。
ノスリは目をすがめて、
「間違いない。将軍つきの近衛兵だ」
とつぶやき、素早く滑空していく。
「ウワァーッ!!!!」
悲鳴が上がった。馬車には寝間着を着た、さっきの影武者と同じ顔の男が乗っていた。
「残念だったな。お前はここまでだ」
「な、な、なんでも、欲しいものはなんでもやる。女か? 金か? 地位か? 頼む殺さないでくれ。まだ人族の国を平定していないんだ」
「天誅!」
ノスリは将軍の胸に、剣を突き立てた。そして、将軍はすぐに事切れた。心臓を一撃されたのだ、それはすぐ死んでしまうだろう。
これで、翼人族のゴタゴタは終わったのだと、そう信じたい。やっと平和にノスリと暮らせる、そう思っていた。
◇◇◇◇
ノスリは君主として素晴らしい政治を始めた。専制君主制でなく、議会を作り、国民のなかから選ばれた議員の会議と多数決によって政治をするという。聞いただけで素晴らしい仕組みだと納得できる。
議会発足の素案ができたころ、ノスリは急に
「旅をしないか」
とわたしに言ってきた。
「旅? どうしてまた」
「とにかくトリノコと旅がしたいんだ。いいだろ?」
「でも議会はまだ発足してないじゃない。それをほっぽり出して旅なんてしていいの?」
「俺みたいなバカに政治をさせちゃいけない。あとは部下に任せればうまいことやってくれるだろう。翼人族の国が平和なら支配者としてはそれでいい」
すごく無欲な人だなあ、と思った。
「でも翼人族の国が平和なのと、俺個人が幸せなのはイコールじゃないから、俺の幸せを満たすために旅をしたいんだ。北方が寒くなる前に」
「北方。なにを求めて北方にいくの? カニ料理?」
「カニ料理か。それもいいな。でももっと大事なものがあるんだ」
ノスリは真っ白い歯を見せて笑った。次の日、わたしとノスリは鉄道で、北方への冒険に旅立った。
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