8 正真正銘の英雄
森の中をしばらく歩くうちに、遠くのアロトの村の騒ぎが聞こえてきた。どこにもノスリがいないので軍隊が村じゅうを徹底的に調べているらしい。
「まあ俺とトリノコがいないと分かれば帰るだろう」
ノスリは穏やかにそう言い、森のなかのひらけたところに火をたいて、水をぐびりと飲んだ。
「……すまん、トリノコに飲ませるのが先だった」
「気にしないよ」
水筒を受け取る。ちょっとドキドキしながら水を飲む。特に変わった味はしない。
ヒワからもらった焼き菓子はほどよく冷めてしっとりしていた。ノスリがナイフで切り分けて、2人ではむはむと食べる。
「おいしい」
「うん、うまい」
そういう話をしていて、唐突にアロトの村のほうが眩しくなった。何事だろう。
「まさか、軍が火を放ったのか?!」
ノスリはわたしを抱えて低空飛行でアロトの村のほうに飛んでいく。
もし軍隊の正面に出たら確実に捕まるわけで、無謀極まりない行為である。それでも、世話になったアロトの村の人々が危険にさらされている、という理由で行動できるノスリは、正真正銘の英雄なのだな、と思った。
◇◇◇◇
アロトの村は、ひどい有様であった。
民家は焼け落ち、家畜は皆殺しにされ、人々は顔や体に焼けこげた傷を作っている。畑や果樹園も焼き払われていて、これからどうやって生きていけばいいのか、さっぱり想像がつかない有様だ。
「なんでこんなことに」
ノスリは心底悔しい顔をしていた。
「ノスリ様とトリノコ様を匿った罪だそうだよ」
モズが言う。左腕がちぎれてなくなっていた。傷口は焼いて塞いだようだ。
「……あの。ヒワは?」
わたしは当たりを見回すが、ヒワの姿がない。
「攫われていった。将軍の召使いにすると言っていたが、正直なところ単なる軍人たちの夜の相手だろう」
つまり軍事政権に正義はないのだ。
「ノスリ様。どうか、邪悪な将軍を倒してください。世の中持ちつ持たれつというじゃないですか!」
村人のひとりがそう叫んだ。
アロトの村には恩義がある。おそらくノスリはそう考えているのだろう。
わたしもそれに異存はない。ただ、わたしが足手纏いになるのではないか、という不安が、心の中を埋めている。
「ノスリ、」
「わかった。将軍を討ち取る。それで納得してもらえるのであれば」
「ノスリ、それだとわたしは足手纏いになるよね、それはどうするの?」
「トリノコも来い。一緒に将軍を討ち取るんだ」
「えぅ?!』
変な声が出た。
「トリノコは人族の魔法が使える。人族の魔法は翼人族の『力』とはまったく違うものだから、将軍とて防御する手段はない」
「魔法……そんな、戦士の使うような魔法は使えないよ」
「やれば、できる!」
ノスリに励まされて、なぜか納得して同意してしまった。ノスリはわたしを抱き抱えて、夜空に舞い上がった。
手始めに装備を整えねばならない。
街道の上を飛んでいくと、傭兵団の馬車が数台進んでいくのが見えた。最初は軍隊かと思ったが、軍隊にしては妙にボロっちいので、ノスリは傭兵と認識したようだ。
「まずあれに放火して騒ぎを起こそう。その混乱に乗じて、手ごろな装備を手に入れる。ヒワを傭兵と同じ乗り物に乗せることはないだろう。軍人たちがオモチャにするのだし、傭兵に与えるのはもったいないと思うはずだ」
ずいぶんと荒っぽい策である。だがそれが、いちばん効率がよさそうだ。
高いところから、
「燃えよ」
と魔法を行使すると、馬車の荷台から突如火の手が上がった。傭兵たちは飛び出してきて、あわてている。
「いまだ!」
ノスリは最高速度で急降下すると、腰の剣を抜き、傭兵たちをめった打ちにした。鎖帷子を着込んでいる上位クラスの傭兵は、すべて顔面に飛び蹴りを浴びせて倒した。
装備品を略奪し、ノスリは重そうな鎖帷子を奪い取って身につけた。そしてわたしには、爆弾をいくつか渡した。投げてぶつけると火が出て爆発する、最新式のものだ。
ノスリはそのまま、まっすぐ都であるセネイのほうに向かって飛行した。途中の監視所は、ぜんぶわたしが魔法で燃やした。
とても悪いことをしている気がするが、これが戦争というものなのだろう、と納得できる。
都の監視塔が遠目に見える。
「あれを突破できればこっちの勝ちなんだが」
「魔法で燃やすわけにいかないの?」
「なにか異常が起きればすぐ本部に連絡がいくんだ。そうやすやすとは突破できない」
「……もし、雷かなにかで、通信設備が壊れたら? 翼人族は雷の力で通信してるんでしょ?」
「ああ、そうだが――魔法って、雷も出せるのか?」
「やってみる」
わたしは唱えた。
「雷よ降れ」
どおおおん、と特大の雷が監視塔に落ちた。まさか自分でこんな火力の高い雷が落とせるとは思っていなかったので、目をぱちぱちする。
「すごいなトリノコ」
「うん、自分でもすごくびっくりしてる」
「これは好機だ。一気に城まで攻め込むぞ!」
ノスリはぎゅっとわたしを抱きかかえた。わたしもノスリを抱きしめ返す。鎖帷子の硬い感触があって、ノスリの背負うものの大きさを感じた。
城は目前に迫っていた。窓には突破されぬよう兵士たちが待機しているが、ノスリが突っ込む寸前のタイミングで、
「爆ぜよ」
と唱えると、城の窓はやすやすと破れて兵士たちは吹っ飛んでしまう。
恐ろしいことに加担しているという気持ちはある。でもきっと、ノスリだってわたし抜きでこんなことをする勇気はなかったんだろうな、と思う。
二人でいるから力が出るのだ。ノスリの、怪我をする前と変わらない羽撃きを聴きながら、わたしとノスリはどんどん城の奥へと進んでいく。
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