アイツはいつも俺の邪魔をしやがる

ジョン・ヤマト

第1話 嫉

「資料をご覧ください」


 そう言ってプロジェクタに映像を映し出す。

 映像には「新プロジェクト企画案」という題名という言葉が格式高いフォントで表示されている。


「まず私が提案する新規企画のターゲットは三十代から四十代の男性です。生活に余裕があり、尚且つ新しい趣味を模索している方達に刺さると期待します」


 俺の在籍する会社はイベント業務の広告企業で、新作ゲームや新しい服の発表イベントなどの広告代理を主な業務にしている。

 現代において広告戦略はどの企業も力を入れおり、中には広告代理店にその業務を委託するところも多い。


「昨今巷を騒がせた感染症も沈静化し、現在は休日にお出かけする男性が増えております。そこで私は我が社とも取引のあるB&Bスポーツ株式会社様とアニメ化もした人気サッカー漫画、グリーンスパイクとのタイアップ企画をご提案します」


 広告代理業は勝手に仕事が来ると思っている人もいるが、そう言った仕事は売上の採算が合わない場合が多い。

 故に広告代理店側も金払いの良い企業に目を付けて営業を仕掛ける必要があるのだ。俺の所属する企画営業課がこの業務にあたる。


 そして現在、俺は長机に座るお偉いさんの前で新規の企画のプレゼンをしていた。

 新規のプロジェクト先を決める重要な企画会議だ。


「都内のイベント会場を貸し切り、二日に渡ってグリーンスパイクのイベントを開催します。舞台イベントでは有名サッカー選手やアニメに出演した声優を呼び、物販にて作品に登場したユニフォームや記念ボールを販売します」


 こう言ったイベントでは何千万という金が動く。当然失敗は許されないし、必ず採算の取れる企画を組み立てなければならない。

 故に俺も緊張感を一文一句言葉に乗せながら発表していた。


「予想来場者数は二日で二十一万人、売上は前回企画したイベントから180%アップを予想しています」


 当然過去との比較も忘れない。

 分析し、まとめ、わかりやすくする。資料作りの基本をしっかりと守れたと思う。


「これにて私の発表を終わります、ご清聴ありがとうございました」


 締めの言葉で括り頭を下げる。まばらに響く拍手が鳴り止むと壇上を下りて自分の席に戻った。

 我ながら完璧だ。これ以上ないぐらい上手くいったプレゼンだった。


「日立さん、ありがとうございました。次は最後の発表です、橘さん、よろしくお願いします」

「はい」


 橘と呼ばれた女は壇上に上がると、手元のパソコンを操作して資料を映した。


「それでは私のご提案する新企画はこちらになります!」


 そんな快活な声と共にプロジェクタに『AIで学ぼう!新しい時代』と可愛らしいポップが映し出された。

 デフォルトされた兎のキャラクターの横にある『今は人口知能の時代!』と書かれたセリフ。いかにも女性らしいスライドだった。


「AIの活躍が目覚ましい昨今、企業では消費者の皆様がAIに触れられるように模索しています。そこでご提案したいのが子供達に気軽にAIについて学んでもらうためのイベントです!」


 周りを見渡して驚愕した。

 皆が息を飲んで彼女の話を聴いていたのだ。


 その内容もとんでもなかった。

 名だたるIT企業と既にある程度の話をまとめているという前提から始まり、俺の提案とは比較にもならないぐらい大きな採算。このイベントが成功した暁には他のIT企業からも業務の依頼が来るであろうという先を見据えた戦略。ターゲットも子供から大人まで幅広く扱えるようにしている応用性。


 その全てが俺の発表を圧倒的に上回る内容だった。


「以上が私のご提案する新企画です。ご清聴ありがとうございました」

「…………素晴らしい!」


 途端、最前の席に座っていた企画部長が立ち上がると割れんばかりの大きな拍手を打ち鳴らし始めた。

 周りの人達もそれに続くようにして拍手をすると、いつのまにかスタンディングオベーションのような様相になっていた。


「あ、ありがとうございます!」

「…………ッ」


 橘は嬉しそうにしながらもう一度大きく頭を下げている。

 その様子を見て俺は心の内で舌打ちをしながら、周りに合わせるようにして静かに手を叩く。


 結局今回の企画プロジェクト会議は橘の案が採用され、俺の案はボツとなった。







   ◯◯◯


 俺、日立和哉ひたちかずやは自分で言うのも何だが優秀な人間だ。


 有名な私立大学を卒業し、就職した広告代理店では新人ながら営業トップの成績を残した。

 周りからは「期待の新人」と持て囃され、俺もそれに応えるように会社に貢献した。

 このまま順調に行けば入社三年でプロジェクトリーダーに抜擢され、ゆくゆくはキャリアポスト間違い無しと周りからは言われてるいた。

 俺はそのことを誇りに思いながら、皆の羨む視線を浴びて優越感に浸っていた。


 そんな全てが順風満帆に向かおうとした時だ。あの女が俺の前に現れたのは。


「橘住奈美です、よろしくお願いします! 皆様に貢献できるよう、精一杯頑張って参ります!」と短い髪を揺らしながら元気な声で挨拶していたのを今でも覚えている。


 橘住奈美たちばなかなみ。入社三年目に俺の後輩で入ってきた新人社員だ。

 俺が彼女に抱いた最初の印象は、どこにでも居そうな元気な女の子、端正な顔立ちはまあ美人とも言えなくは無いが、どこか垢抜けない、そんな感じだった。


 そして俺が彼女の教育係になってからだ。順風満帆だった俺の人生に陰りがで始めたのは。


「先輩、イベントの対応人数何ですが、A案よりC案の方が効率良く人材を割くことができます!」


「先輩、頂いた資料を拝見したのですが、こちらのイベント会場、当日は駅前商店街のこどもの日の祭があり車での往来が難しくなります。なので場所を変更をした方がよろしいのではないでしょうか!」


「先輩、先輩の作成した企画案なのですが、この箇所とこの箇所を修正した方が売上に繋がると思います! どうでしょうか?」


 先輩、先輩、先輩、先輩と、ことある毎に俺の仕事に的を射た指摘を言い放ち、俺もうんざりしながらも彼女の指摘を超える代案を出せずにその案を採用せざるを得なかった。


 しかもその内容がことごとく成功を収めていた。手柄は俺の物になっていたのだが、仕事の度に彼女はメキメキと存在感を現していた。


 その光景が上司の目に留まったのだろつ。試しにと言って彼女は入社半年も経たずに新規企画の会議に参加し、見事に俺を押し退け新規プロジェクトに採用された。


 常識的に考えればこの出来事で俺のキャリアが脅かされる事はない。ただ今回は運が無かったというだけで周りも納得してくれるだろう。


 だがそれは大きな間違いだ。目の前で彼女の実力を観た俺だから実感できる、これは最初の第一歩なのだと。


 おそらく彼女が提案したプロジェクトは大成功を収めるだろう。そこからは簡単だ。

 まるで登竜門を超えた竜のように成り上がり、ゆくゆくは俺が得るはずだったキャリアを奪い取るんだ。それを俺は指を咥えて見ることしかできない。

 屈辱だ。俺が三年間努力して築き上げた実績が簡単に追い抜かさせる。これ以上の屈辱は存在しないだろう。


 それなりの人生の中で当然失敗したことがある、そして失敗して挫折をしたこともある。だがここまで誰かを『嫉妬』したことは生まれて初めてだ。


 嫉妬、そう嫉妬だ。俺は彼女の才能に嫉妬しているんだ。

 醜く、地べたを這いずる獣のように、彼女のことを羨ましいと思っているんだ。


 それなのに。


「先輩、昨日は案の資料作成を手伝っていただきありがとうございました!」


「ああ、プロジェクトの採用おめでとう」


「あ、ありがとうございます! これも全部先輩のおかげです!」


「………………」


 この女は俺に対して尊敬の眼差しを向けている。

 キラキラと、まるで星のように瞳を輝かせながら俺に感謝の言葉を宣いやがる。


 ふざけるな。

 俺はお前に企画会議で負けた哀れな負け犬なんだぞ。そんなやつを感謝するという事は、そいつをさらに辱めることに等しいんだぞ。


 だが俺は理解している。彼女の言葉は嫌味などでは無い本心から発せられているんだ。


 悔しい、嫉ましい、羨ましい。

 こいつは俺に無い物を全部持っているというのをまざまざと見せつけているのにそれを全く誇らない。


 そんなこいつに俺は文句一つも言えない。それがとてつもなく惨めで、言葉にできないぐらい恥ずかしい。


「それは光栄だ。とりあえず再来週からプロジェクトが企画が本格的に始まるから、それまでに先方に渡す資料とかをまとめておくんだぞ」


 だから俺はこうして偉そうに先輩風を吹かせながら中身のない助言をすることしかできない。


「はい、わかりました!」


 そしてこいつは中身の無い助言を間に受けながら大きくお辞儀をしやがる。

 その飾らない態度が本当に気に入らない。嫌味の一つでも言ってくれた方が逆に清々しいまである。


「…………それじゃあ俺は先に上がるぞ」

 

 本音の一つでもぶちまけてやりたいが、俺はもう社会人。そんな子供みたいな無様な行為をする歳は過ぎた。


 ぶちまけそうになる毒をグッと喉の奥に飲み込みながら俺は背を向けて去ろうとした。


 だが橘は「先輩、ちょっと…………」と言って去り行く俺を引き止めて来た。


 振り返ると灰色の床を眺めながら橘がもじもじとしている姿が俺の目に映った。


「どうした?」


「い、いえ…………今日はありがとうございました!」


 なんて言いながらまた深々と頭を下げて来た。

 俺は「あぁ」と生返事を返すと、そのまま逃げるようにして去った。


 プレゼンは負けて、挙げ句の果てに勝者から無意識の辱めを受ける。今日は散々な一日だった。


 だが先にも言ったが俺は優秀な人間と自負している。

 そして俺はストレスは次の日に持ち越さないことをポリシーにしている。


 さて、仕事が終わった後が楽しみだ。

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