第3話 ルークという名の男③
ようやく名前を教えてたルークは、1時間もたつとオリビアへの視線は少し和らいでいた。いまだ警戒心は解けていないけれど、それが少し弱まってはいるという感じだ。
「ルーク……“光”という意味ね。素敵な名前」
またルークと目が合う。力強くもどこか愁いを帯びた瞳にオリビアは吸い込まれそうになった。
「ねえ、ルーク。ここで働かない?」
「“ロモルン王国”からの情けはいらない」
「ルークはずっとわたしたちのことを“ロモルン王国”って呼ぶけど、どうして?確かに王国は違うけれど、わたしたち敵対しているわけではないでしょう?」
オリビアの言葉にルークの青い瞳が揺れる。でも一瞬のうちに鋭くオリビアをとらえた。
青い瞳がまるで炎のように熱く燃えている。ルークは怒っていた。
「お気楽なもんだな。何も知らないっていうのは……」
聞き取れないほどのかすれた声。その声はあきらめのようにも感じる。でもそれがオリビアの耳に入ることはなかった。
「たくさんお給料はあげられないけど、ここならご飯は3食たべられるよ。それにここに来るお客さんはみんないい人だからルークを見ても何も言わないよ」
「俺は今までこういうところで働いたことはないけど」
確かにルークはこれまで働いた経験はない。でも、体格はよく何かしらやっていたような体つきをしていた。
きっといい戦力になってくれるだろうとオリビアは考えた。
「仕事の仕方は教えるから大丈夫よ。どう?ここで働く気ある?」
オリビアがすっと手を差し伸べると、ルークはその手のひらをしばらくじっと見つめていた。
ルークは自分の立場上、本当にこの手を取っていいものかと葛藤があったのだろう。ルークはしばらくの間動かなかった。
でもオリビアはその間ずっと笑顔で手を差し伸べていた。ルークが「よろしく」と手を握り返すまで———。
「ルーク、あれがわたしの家ね。大丈夫、部屋はたくさん余ってるから」
オリビアは丘を登りながら、ルークが使えるふとんがあったかなと考えていた。
でも、ルークは一言も言葉を発しない。少し緊張した表情がうかがえた。
「ルーク、どの部屋がいい?この奥の部屋がわたしの部屋なんだけど、それ以外だったら空いてるからどこでも好きなところ選んでいいよ」
ルークは広々とした家の中を見渡した。女の子1人で暮らすには大きすぎる家を。
「あ、でも、日当たりがいい部屋がいいよね。だったらわたしの部屋の隣がいいかな。ルーク、ここがルークの部屋で決まりね」
結局オリビアが一人でしゃべって、一人で決めてしまった。
オリビア自身も久しぶりに家に人がいるということに興奮しているようで、ルークの部屋の家具もそろえないととはりきっていた。
「あんた、家族は?」
ようやく口を開いたルークはダイニングテーブルに並んだ4つの椅子や、多くの部屋を見ている。
「わたし、家族はみんな死んじゃったの。だから今はこの広い家にひとり暮らしなんだ。だからルークが来てくれてうれしい」
家族が全員死んで、たった一人でこの家に。状況は違えど境遇は同じで、ルークの中で何かが芽生えようとしていた。
「あれは?」
ルークが気になっていたのは、ダイニングとつながった部屋に広がる木材の山だった。それに何か機械のような道具もある。
何かの作業場のような部屋だった。
「あそこはわたしの作業場よ。アルパってわかる?わたし、その楽器を作っているの」
「あんた、料理人じゃなかったのか?」
「あのお店はわたしのおばあちゃんがずっとやっていて、生活をするために跡を継いでやっているの。でも本当はわたし作曲家になりたいんだ」
「職人じゃなくて?」
「わたしのおじいちゃんがね、作曲家だったんだって。おじいちゃんは自分で楽器も作ってて。細かく作り方が書かれたノートをわたしにくれたの、小さいときにね」
オリビアの祖父はこの国で有名な音楽家だった。自分の手で作った楽器、自分で作った曲を全国各地演奏をして回っていた。
とても自由人で家にはほとんど帰らなかったと、オリビアは亡くなった祖母から聞かされたものだった。
オリビアの祖父が自ら作って作曲もして演奏をしていた楽器の名が、アルパだ。
1メートルくらいの中が空洞になった木に鉄製の駒がはめられている。10本ある糸からさまざまな音色を奏でることができるのだ。
「おじいちゃんは天才だったんだってよく聞かされたんだ、おばあちゃんに。わたし、その血筋をしっかり受け継いでるみたい。楽器作りの才能があったみたいで、ノートの通りに作ったら普通にアルパができちゃったんだ」
オリビアは懐かしむように語る。この思い出はは会ったことがない祖父とをつないでくれる唯一の思い出だったのだ。
ルークはオリビアが最初に作ったというアルパをじっと見つめていた。
「ルークは知ってる?この楽器」
「ああ、よく知ってる」
ルークからこんなに早く返事が返ってきたのは初めてだった。何かを思い出しているのか、ルークの瞳が熱く揺れる。オリビアはその瞳から目が離せなかった。
「弾いたことあるの?」
「ああ……昔ある人に教えてもらった。楽器ももらったんだ」
「そう……」
ルークは幼いころ、ある人からアルパをもらい、弾き方を教えてもらったことがある。
その楽器をずっと大切に弾いてきたのだが、ある日それを壊されてしまったのだ。
「この楽器をこんなに近くで見るのは久しぶりだ」
とても懐かしそうに、そして愛おしそうに楽器を見つめている。
「ねえ、ルーク。何か弾いてみて」
オリビアにとって思い出の1つ目のアルパをルークに渡すと、ルークの目が輝くように揺れた。
オリビアが人に自分が最初に作った楽器を触らせるのは初めてのことだった。
「わかった」とルークは呟いて、何かを思い出すように音を紡ぎ始めた。
ルークが出す音色はとても温かくて、優しい。ふんわりと何かに包まれるような気分になる。
ルークが弾いた曲は聞いたことがない曲だったのに、オリビアにとってどこか懐かしいような気持ちにさせられた。
「ねえ、ルーク。その曲なんていうの?」
「知らない。楽器くれた人が教えてくれた曲だ」
ルークの口調はぶっきらぼうだ。そんな人からこんな穏やかな音色が出てくるなんて誰が想像できただろう。
オリビアはずっと聞いていたいこの音を胸にしまった。
「ねえ、ルーク。わたし、やりたことができた」
「……なに?」
「今はまだ言えないけど、それまで待ってて」
ルークの出す音色を聞いて、オリビアは何かを見つけたようだ。自分の夢にはルークの音が必要だと考えたのかもしれない。
オリビアの本当の夢である、作曲家への道は容易なものではないけれど、オリビアは一度も諦めたことはなかった。
どんどんその夢は広がっていて、今日改めてその夢がひとつの方向性を決めたようだ。
「ルークにもうひとつ聞きたいことがあるんだけど」
いまだに懐かしむようにアルパに触れるルークにオリビアが声をかけた。
「なに?」
「ほかにも弾ける曲はあるの?」
「いや……弾けるのはこれだけ。その人から教えてもらったこの曲だけだ」
「そう……楽譜は読める?」
「楽譜は読めない。読み方を知らないんだ」
ルークが先ほど弾いた曲を覚えたときは、見よう見まねでマネをしながら覚えた。その人はルークが完璧に弾けるまで何度も何度も繰り返し弾いてみてくれたのだ。
何度も練習して、その人と別れてからももらったアルパで何度も同じ曲を弾いていた。
だから、数年弾いていなかった今も、こうして完璧に弾くことができたのだろう。
「ねえ、ルーク。店で働いてもらうのは店を開けている週に5日でいいかな?それ以外はお休みってことで。それなら2週間あればタルーン村へ行く費用はたまると思う」
「ああ、構わない」
「休みの日はどうする?どこか行ったりする?」
「わからない。でも行くところもないし。もう……帰る場所もないしな」
「帰る場所……?ルーク、あなた故郷で家を失ったの?」
「まあ……そんなところだ」
オリビアはルークをとても不憫に感じた。もしかしたらわたしのように家族も亡くしてしまったのかもしれない。
まだ何も知らないルークのことをただオリビアは想像するしかなかった。
「だったら休みの日に楽譜の読み方教えてあげるね」
ルークはコクリと静かにうなづく。
ルークの故郷は1ヶ月前、ある国に侵略されほぼ壊滅させられてしまった。すべての家が燃やされ、亡くなった人も多い。
生き残った者たちはある協力者のところで保護され、安全に暮らしているが、このままではいいように使われるだけだと思い、立ち上がったのがハルメア王国の第一王子、ルークだった。
ルークは自分の身分を明かすつもりはなかった。ただまだロモルン王国にとらわれている者たちを助けに来ただけ。
「ねえ、ルーク」
この部屋に置いてある先ほどのオリビアが作った1台目のアルパを含む3台の楽器を指さしてオリビアは言った。
「ここにある楽器はいつでも使っていいからね」
ここにあるオリビアが作ったアルパは、店に持って行っても買ってもらえなかったものばかり。今まで誰にも触れられずただオリビアが作曲のために少し弾くくらいにしか日の目を見ることはなかった。
オリビアは自分が作り上げたそんなアルパたちを誰かに弾いてもらいたくてしかたなかったのだ。
「ルーク、今日はもう寝た方がいいわね。明日は朝早いわよ」
オリビアの言葉にルークは間を置かずこくりとうなづく。
こうして小さな村に隣国の王子がやって来たのだ。
異国の嫌われ王子と隠れ王女 葉山心愛 @CoCoLo1992
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