第2話 水色
「お父さんってなんで絵描きさんを初めたの?」
短い沈黙の後、父さんはこう言った。
「絵はね。平等なんだ。俺みたいな不器用で、なんの変哲もない頑固教師でもね」
父さんの顔は穏やかだった。
その時、僕は父の顔を見て何を思ったのだろう。思い出せないけど、僕が絵を好きになったのはそこからだった。
朝の時間はとても好きだ。なんの音もしない街に青い空が広がりかけている。そんな世界に生きているという感動を毎日味わえる。
普段と変わらない日常を過ごすつもりだった。君が来るまでは。
「翔くん。今日一緒に帰ろ!」
明るく声をかけてきたのは、クラスでも一際目立っている楓だった。
「部活」
一言だけ伝え、僕は教室を去った。
__大好きだよ_
言葉にならない声で少女は口にした。
「やあ。今日は遅かったね」
「まあ」
会話はそこから繋がらない。お互いその後は、自身のキャンバスに目をむけた。
あたりが黒く染められた頃。まだ肌寒い夜に僕は一人、重い足取りで帰路についた。
部活がないテスト期間は嫌いだ。
「翔くん一緒に帰ろ!今日は部活休みだよね」
嫌な声が聞こえてきた。聞こえてないふりをふりをして、帰ろうとしたとき僕の腕は掴まれた。
「なんで逃げようとしたの?」
彼女は僕を見つめながらストローを吸っている。
「条件反射だよ。別に誰かと帰りたいなんて思ってもないしね」
ムスッとした彼女の表情は年頃の男子が見たら惚れてしまうのではないかというほど美しく見えた。
「あーあ。悲しいな。毎日のように誘ってるのにそんな風に思われてたんだあ」
彼女はわかりやすく拗ねた顔で僕を見つめた。
「なんで僕を誘うのさ。君なら友達だって、ましてや彼氏だって一人や二人くらいいてもおかしくないじゃないか」
「好きだからだよ」
彼女は僕の言葉を遮るようにそう言った。
そのあとのことはもう覚えていない。さっきのことを軽く茶化し、それから日常会話でもしたのではないか。僕にはどうでもよかった。気づいた時には彼女の家の前まで来ていた。僕の家と近いとは到底言えないような場所まで来てしまっていた。
「わざわざこんなところまで送らせてごめんね」
彼女は少し微笑んでいたのか。暗くなった夜空の下では僕にわかるはずがなかった。
カラフルパレット @yukirot
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