叫び

 ザムザが指さした方に目をやると、さっき俺の額に傷をつけた女が肩を押さながら立ち上がるところだった。地面に落ちたランプが泥にまみれた女を照らしている。傍らに馬が倒れている。馬を撲殺され、地面に投げ出されてしまったのだろう。


 西の者で生きているのは女だけだった。横で気配がして目を向けると、ザムザがしゃがみ込んでいた。そして、大男の拳が振り上げられたとき、ザムザが跳躍した。地面を蹴り上げる時、マッチを擦るような音がした。ぬかるみが跳ね上げられ地面は大きく抉れていた。


 女と大男の間にザムザは着地した。振り下ろされた大男の拳を、ザムザが無造作に払いのけた。大男の肘から先が無くなっている。千切れた腕は血をまき散らしながら放物線を描き、地面に突き刺さった。残された方の拳が振り上げられ、咆哮とともに振り下ろされたが、やはりザムザに振り払われてしまった。


 大男の両肘から噴き出す血液が暗闇の中で濁流のように見える。大男はよろめきながらぬかるみに突き刺さっている肘のところまで歩き、そこに跪いた。そしてそれに顔を近づけ貪り食い始めた。顔をぬかるみに突っ込むようにして食らいつき肉を食いちぎっていく。時折骨を噛み砕く音が響く。ぺちゃぺちゃという咀嚼音と痛みをこらえるような呻き声が聞こえる。どこまで食べられたのかはわからないが、土下座のような姿勢のまま大男は死んだ。


 大男が死ぬのを見届けたザムザは、こちらに戻ってきて肩をすくめてみせた。


 突如、女が金切り声を上げた。鳥の鋭い鳴き声のような、悲鳴にも似た叫び声が途切れることなく続いた。数十秒金切り声を上げ続けた後、女は頭を掻きむしりなにか不明瞭な言葉を発し始めた。そして剣を地面から拾い上げ、大男の死体に切りかかった。刃が跳ね返され、その反動で女はよろめく。ぬかるみに足を取られそのまま尻もちをついてしまった。女は緩慢な動きで立ち上がりまた剣を振りかざしたが、力なくその場に座り込んでしまった。


「なにこれ。どういうこと?全体的にグロいんだけど」


「かー、ぺっ」


 横に突っ立っているハルに尋ねたが、足元に痰を吐かれただけで答えはなかった。


「ぶち殺すぞ?」


「おほほほほほほほほほほほほほ」


「笑うなっ」


「いったん帰ろうか」


 ザムザが俺の肩に手を置きながら言う。


「どこに?」


「村さ」


「あいつは?」


 女は身じろぎせずぬかるみの中に座り込んでいる。


「さあ」


「あれはどういう心理状態なわけ?」


「まあ仲間が沢山死んだからね。悲しんでるんじゃないかな」


「そりゃそうか。置いていくのか?」


「ん?置いていくもなにも、ついてこないよ絶対」


「そうか」


 ザムザを先頭にして我々は歩き出した。森の中に入り女の姿が見えなくなったころ、遠くでまた金切り声が聞こえた。

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