魔法少女はクール系?いいえただのコミュ障です

@NEET0Tk

第1話

 異界の獣が現れて早10年が経とうとしていた。


 異界の獣の目的は未だ判明せず、ただ人類に対して強烈なまでの殺意を含んでいることだけは確かだった。


 また、奴らには一切の現代武器が通用せず、また獣共には窒息や毒物などのおよそ生物に対する弱点が存在しなかった。


 そう、存在しなかったのだ。


 最早それは過去の話。


 何故なら奴らへの対抗手段を人類は手に入れたからだ。


 その名を


「魔法少女」


 異界と繋がったことにより生まれた不可思議な力を持った少女達。


 その力はおよそ人間の枠組みを超え、超常的な力さえも使うことが可能となる。


 だが、その力を持ってしても異界の獣との戦いは劣勢を強いられていた。


 そう、強いられるていたのだ。


 これもまた過去の話となる。


 異界、異常、異能のありふれた世界の中でも一際目立つ異質。


 彼女の呼び名は様々と存在するが、最も有名であり、最も彼女に不釣り合いな称号が存在した。


 彼女を見た人々は尊敬と、畏敬と、そして崇拝の気持ちを込めこう呼ぶのだ。


 ◇◆◇◆


『緊急警報、緊急警報、異界レベル3の獣が出現しました。近くにお住まいの皆さんは直ちに避難をして下さい』


 あちらこちらから流れる警報音。


 その音を聞いた人々は死に物狂いで走り出す。


 そして同じように足を早める二つの影が存在した。


「ごめんね、お母さん」

「謝らなくていいから。今は眠ってなさい。ね?」

「でも……」


 足に大きな青あざの出来た小さな少女を抱え、体中に幾つかの擦り傷を浮かべた女性は走り続ける。


 足場の悪い道は徐々に体力を奪い、背後から聞こえる声は確かに精神を蝕んでくる。


「ねぇお母さん。魔法少女さんはまだ来ないの?」

「……きっと忙しいのよ。でもきっとすぐに来てくれる。だから安心していいのよ恵那」

「うん、分かった」


 少女、恵那に向かって精一杯の笑顔を見せた女性の顔は直ぐに苦虫をすり潰したかのように曇る。


 先程彼女は見てしまったからだ。


 異界の獣と戦い、敗れ去った魔法少女の姿を。


「あの子は……大丈夫かしら」


 魔法少女は確かに普通の人間とは違う。


 車に轢かれたって死なないし、銃弾で撃たれたくらいじゃびくともしない。


 それでも獣との戦いにより負傷を、ましてや死亡したなんて話も何度も聞いた。


 だからこそ忘れてはいけない。


 魔法少女も同じ人間だということを。


「怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い」

「……」

「お母さん?」


 道の端で、膝を抱えて泣いている少女。


 その格好、その姿は間違いなく


「あなた……魔法少女?」

「ひっ!!」


 話しかけられた魔法少女が悲鳴を上げる。


「ご、ごめんなさ……私……」


 目が何度も何度も揺れる。


「戦い……戦えない……んです。許して……くださ……い」


 魔法少女が頭を下げる。


 震える体で頭を下げた。


「私が……戦わないとなのに……戦えない……ごめんなさい……」


 女性は怒りを覚えた。


 その理由は定かではない。


 何故ここまで追い詰められないといけないのか。


 何故ここまで自分を追い込んだのか。


 そんな怒りが、胸の内を暴れ回る。


「……あ」


 魔法少女が絶望したような表情を見せた。


 その視線の先には、巨大な獣がいた。


 まるで獲物を探すような挙動でこちらに向かって来ている。


 このままでは間違いなく追いつかれ、その儚い命を散らしてしまうだろう。


 誰かが注意を引かねばならない。


 そしてその仕事を負うのはいつも


「あなた」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさ」

「この子のこと……預かってくれる?」

「……え?」


 女性は背中に乗せた大切な命を手放す。


「お母さん、どこ行くの?」

「ちょっと用事を思い出したの。後はこのお姉ちゃんの言うことを聞いてね」

「ま、待ってください!!何を……何をするつもりですか!!」

「気にしないで。そもそも、私達大人が動かずにこんな小さな子が戦う方がおかしいの」


 そう言って、女性は魔法少女と自身の子供の頭をソッと撫でる。


「行ってきます」


 そう言って、来た道を戻っていく。


 魔法少女は手を伸ばした。


 だが届かない。


 どれだけ力があろうとも、その伸ばせる手には限界があるのだ。


「こっちよ化け物!!」


 女性は大きな声を上げる。


 異界の獣はその姿を見た後、楽しそうに舌なめずりをした。


 どのようにして殺そうか。


 潰す?


 裂く?


 折る?


 どうする?


 どうする?


 どうする?


 そして、獣はいい方法を思いついたとばかりに


「い、いやぁ!!」


 女性の体を掴む。


 痛みは感じるも、決して死ぬような強さではない。


 まさか殺す気がない?


 いや、そんなはずがない。


「……あ」


 獣の口が大きく開く。


 地獄の窯が手招きするように女性は思えた。


「……ごめんね、恵那」


 そして手が離される。


 まるで無限かのように感じる時間の中で、最後に女性が見たものは振り返らずに走る魔法少女。


 そしてその背中でジッとこちらを見ている娘の姿。


 あぁ……よかった。


 あれなら逃げ切れる。


 そう確信した女性は静かに目を閉じた。


 思い残すことはいっぱいある。


 でも、後悔はない生涯だったと。


 そしてその体は処刑用の歯により切り裂かれる


「……え?」


 はずだった。


「遅れ……ました」


 華が舞う。


 白雪色の髪が世界を撫でる。


 氷の結晶を歩く少女はふわりと女性を抱き止めた。


「あなたは……」


 言葉を続けようとする女性はいつの間にか自身が地へと足をついていることに気付く。


 そして軽く背中を押され、その先にはこちらに走ってくる娘の姿。


 危ない、とは言わなかった。


「ありがとう」


 感謝を伝えられた少女は何も言わず、獣に向かって手をかざす。


 彼女の名前はエルナ。


 またの名を


「絶界」


 最強の魔法少女。


 ◇◆◇◆


 あれから3年の月日が流れた。


「うわぁ、私今からここに通うの」


 少女の眼前に聳え立つ建物は、数多くの建物が並ぶこの地域でも一際目立つものであった。


「ううん、こんなところでビビってちゃこの先やっていけないよね」


 少女は二度頬を叩き、ヒリヒリと痛む感触を確かに進み出した。


 ここで人足先に説明しておこう。


 この物語の主人公は一人の少女の成長物語などという高尚なものでは決してない。


 これは


「あ、あの子この前魔法少女になった……サイン欲しいなぁ」


 コミュ症が世界を救う程度のお話である。

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