4話目

肩甲骨を動かすようにすると、背中で風が起こった。

もっと動かすと、もっと風が起きて、僕は宙に浮いた。

双子が僕を見上げている。

「さよなら」

「さよなら」

二人が揃って僕に言った。

天井がなくなっている。

体がどんどん高い所へ昇っていく。

壁が、床が、眼下でばらばら崩れていった。

りんごはふわりと宙に浮いたが、コーヒーは中身がこぼれて、どこまでも深く落ちていった。

あの部屋はなくなってしまった。もうあそこには戻れない。

とうとう目に見える範囲に、何ひとつなくなった。

真っ暗闇が、自分を飲み込んでいるだけ。

僕は本当に死ぬの?

恐怖で一気に手が冷たくなった。

助けが欲しかった。どうしたらいいんだ?

今さらどうして助かろうとするんだ?

ずっと死にたがっていたのに。


死にたがっていた?


突然眼の前に、さっきのりんごがふわりと浮かんでいた。

思わず僕は、手を伸ばしてつかんだ。

これを食べれば、元に戻れるんだったか。

胸にぎゅっと抱いたまま、どうすることもできないでいた。

涙が出てきて、ぼたぼたと、抱えたりんごに落ちていく。

僕は。

僕は…!


その時、ふいにあの双子の声がした。

「あっ、羽根とりんごの両方を望んでは…!」

とたんに、胸に抱えたりんごが思い切り爆発して、

僕の体は吹き飛ばされた。

僕の目に鼻に、口に、飛びかかってきた、微塵みじんになったりんごの汁が、果肉が、種が。

果汁に洗われた眼の前の世界は、黄金こがね色に輝いていた。



「ママ、とりいのところに花が落ちてるよ」

「そうね、いいから行くよ、ユウくん」

柔らかい日差しを受けて、若い母親が幼い子供を連れて歩いている。

子が、国道沿こくどうぞいの鳥居に花束が置かれているのを見つけて、小さな人差し指を立てた。母親は手を引っぱって、やめさせた。

黄色い幼稚園帽ようちえんぼうをゆらして、幼児が母親を見上げた。

「あのお花、落としものじゃないの?ひろっておまわりさんにあげなくていいの?ママ」

「いいのよ。あんまり見ちゃだめ…ここでね、不幸があったのよ、きっと。だから誰かがお花をお供えしたのね」

「ふこう?」

「いいから、さ、お家帰ったらおやつ食べようね」

「食べる!」

たべる、たべると歌いながらはしゃいで歩く子供が、車道にはみ出ないように、母親は後ろから見守っていた。



                          終わり

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

境僕境(さかいめのあいだ) 鹿角まつ(かづの まつ) @kakutouhu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ