第27話 スポーツ大会の打ち上げで(音也視点)
山原が無理やりハイトーンで絶叫した!
歌っているのはネットから出て来たミュージシャンのアニソンだ。
今いるのはカラオケボックス。
スポーツ大会の打ち上げだ。
俺たちのクラスは総合では2位という結果だったが、それでも良い結果だったと言えるだろう。
それもあってみんなかなり盛り上がっていた。
(だけどこんな時でも、男女別々に集まっているんだもんな)
オレンジジュースを飲みながら、俺はそう思っていた。
「おい、今日のヒーロー。盛り上がってるか?」
歌い終わった山原が俺の肩に手を回して来た。
「ああ、十分に楽しんでいるよ」
「そうか? なんかイマイチ雰囲気が乗ってないぞ」
反対側から水野までが便乗してくる。
「普段から音也はバカ騒ぎはしないけど……それにしても今日はアレだけ活躍したんだから、もっと弾けてもいいんじゃないか?」
すると山原が愉快そうな目で俺を見た。
「そうそう。ところでそんなクールな音也君が、今日はやけに熱くなっていたな」
俺が不思議そうな目で見ると、山原の目が半月形になった。
「ホラ、樹里を助けた時だよ」
一瞬、俺は言葉に詰まった。
水野も同じように面白そうに口を突っ込む。
「そうだよな。音也があんな風に周囲が目に入らないって、滅多にないもんな」
「な~んか怪しいんだよな。最近の音也と樹里は」
「なに言ってんだよ。怪しい事なんか何もないよ。俺と樹里だぞ」
俺はそう言い返すが、山原も水野もそれで納得はしない。
「い~や、怪しい。前までは二人とも絶対に相手を見ようとしなかった。それなのに今は二人とも、時々相手の方を見てるよな」
そう言ったのは山原だ。
「それに以前だったら、樹里は音也の言う事には必ず突っかかって来たのに、今はそんな事はない」
水野も興味あり気に言う。
だがそれには俺も言い訳を用意してある。
「その事か。別に何も無いよ。前に山原にも話したけど、いつまでも男女でいがみ合っていても仕方がないと思ったんだ。今だってそうだろ。他のクラスは男女一緒に打ち上げをやっている。ウチのクラスだけだぜ、男女別々に打ち上げをやっているのは」
それを聞いて山原も水野も考えるような顔つきになった。
「それは音也の言う通りかもな。このままずっと男女分断のままでいいかって言うと、ちょっとな」
「俺たちだって別に、意図して女子たちと仲を悪くしようとしているんじゃない。出来ればクラスの雰囲気は楽しい方がいいもんな」
うまく話しを逸らす事が出来た、と俺は思った。
それにこれを機会に、二人にも女子と仲良くする事を考えて欲しかったのだ。
特に愛華と凛に……
「そうだろ。だから俺はあえて樹里と事を構えない事にした。アイツも同じように思ったんじゃないか? もう高二なんだしさ」
俺の言葉に二人はしばらく沈黙する。
「そりゃ仲良くできればそれが一番いいけど……」と山原。
「俺だってアイツラが文句さえ言って来なければ……」と水野。
(二人とも、やっぱり今のままでいいとは思っていなかったんだな……)
そう感じた俺は、今なら『男女仲直り作戦』について二人に話せると思った。
ここで二人が賛成してくれれば、この先はだいぶやりやすくなる。
それに樹里との約束も果たせるしな。
「それで二人に……」
『話したい事があるんだ』と言おうとした時だ。
「音也~! 次はオマエが歌う番だぞぁ!」
突然、別のヤツが俺に絡みついて来た。
そのままマイクを押し付ける。
「え、え、おい」
「ホラホラ、早く歌えよ」
ソイツは俺を無理やり立ち上がらせる。
山原と水野も、さっきまでの会話を忘れたかのように囃し立てた。
……どうやら俺は、話すタイミングを失ったようだ。
一次会のカラオケボックスを出た。
みんなは「これからゲーセンに行こう!」と盛り上がっていたが、俺はそこで帰る事にした。
樹里の事が気になったのだ。
スポーツ大会が終わった時にはだいぶ痛みは引いていたようだが、それでもまだ片足を引き摺っていた。
俺たちの住むマンションは駅と二階部分で繋がっているが、敷地自体が広い上、駅から繋がった歩道橋には階段が多いのだ。
(もし樹里が再び足を痛めていたら、マンションにたどり着くまで苦労しているかもしれない)
そう思ったのだが残念ながら俺は、女子連中がどこで打ち上げをやっているのか知らない。
知っていても、さすがにそこに迎えに行く訳にはいかないが。
せめて駅の改札で、樹里を待っていてやろうと思ったのだ。
「なんだよ、もう帰るのかよ。付き合い悪いなぁ」
そうボヤく山原たちに別れを告げると、俺は駅へと急いだ。
自宅の駅で降りる。
(もしかして樹里のヤツ、もう帰っちまったかな?)
改札を出た所で、そんな思いにとらわれた。
けっこう早めに切り上げたから、俺の方が先に駅に来ていると思うんだが。
(メッセージを送ってみようかな?)
そう思ってスマホを取り出すが、いざアプリを開いてみると、そこで指が止まってしまった。
何て書けばいいか、わからなかったのだ。
別に樹里と落ち合う約束をしていた訳じゃない。
樹里がケガしていようが、本来、俺には関係のない事だ。
(アイツにしたって「いまどこだ?」って俺が聞いても、それに答える理由なんてないんだよな。逆に気持ち悪がられるかもしれない)
そう考えると、スマホを打つ手が先に進まない。
たったの6文字を打つことができない。
(なんで俺はこの程度の事を聞く事ができない?)
(ケガをしたクラスメートの状況を聞くだけだろ)
(俺は何を意識しているんだ)
そう思おうとしたが……やはり送信欄は空白のままだった。
「こんな所で、何をしてるの?」
不意に背後から声がかかって、俺は一瞬、身体がビクッとなった。
声の方に目を向けると、いつの間にか樹里がそこにいた。
「な、なんだよ。驚かすなよ。ビックリするじゃないか」
「驚かすつもりなんてないよ。普通に声をかけただけでしょ。それよりも何をやっているの? さっきからスマホを開いたままじっとしていて」
「い、いや、別に……」
俺はドギマギしながら、そう答えた。
だが樹里の目は、既に俺のスマホの画面を見ている。
「もしかして……私にメッセージを送ろうとしてた?」
しまった!
慌ててスマホの画面を消すが、もう遅い事は明白だ。
「なに? 私に送ろうとしていたメッセージって?」
「い、いや、別に……」
さっきと同じセリフを繰り返しながら、顔から汗が噴き出すのを感じる。
なんか俺、すごいテンパってる。
「別にって事はないでしょ。けっこう長い間、考えていたんだから。何て書こうとしてたの?」
(どれだけ前から見ていたんだよ)
そう思いながらも、俺はもう逃げられないと思った。
「もしかしたらオマエ、まだ足が痛いんじゃないかと思って。ホラ、駅からマンションのエントランスまでけっこう距離があるし、階段も多いだろ。だから手助けが必要かなって思ったんだ」
樹里の目が一瞬丸くなる。そして顔がサッと赤くなった。
樹里は顔を隠すように下を向いた。
「私の事、心配して待っていてくれたの?」
「心配してって訳じゃ……ちょっと気になったって言うか、どうせならって……」
俺も何て答えていいのか解らない。
しばらく二人して沈黙してしまう。
やがて樹里が顔を上げた。嬉しそうな笑顔だ。
「よしよし、偉いぞ音也。女の子には常にそのくらい気遣いをしないとね」
そのあっけらかんとした口調に、俺は救われたような気になった。
俺も軽口を返す。
「バッカ野郎。俺はいつも女子に気遣ってるよ。その気遣いを無にしてるのは樹里の方だろ」
「そういう所だよ、気遣いが足らないのは。素直にハイって聞いてればいいのに」
「全く、口が減らないヤツだな。ところで足の方は大丈夫か?」
俺が話題を変えると、樹里は自分の右足を見た。
「店を出るまでは平気だったんだけど、ホームから階段を降りていたら、また痛くなってきちゃって……」
「大丈夫か?」
俺は周囲を見渡した。
今は列車の到着時間の間のため、人は少ない。
見知った顔もいない。
「俺につかまれよ。支えてやるから」
樹里は少し躊躇うような様子を見せたが、俺が左手を差し出すと両手を絡めた。
「じゃあゆっくり歩くから」
俺はそう声をかけると、樹里のペースに合わせてゆっくりと歩き出した。
駅を出て歩道橋を渡り、マンションの敷地に入ろうとした時だ。
「ねぇ、このまま帰るの?」
そう樹里が声をかけてきた。
「だってもうマンションはすぐ目の前だろ」
すると樹里が俺の目を覗き込んで来た。
「もう少しだけ、二人で話をしていかない?」
「話すって、どこでだ?」
「いつもの場所」
倉庫の事か?
だが倉庫に行くのは、かなり大回りになる。
「別にいいけど、その足であそこまで行くのはツラいだろ」
「だからぁ」
樹里が両手を俺に差し出した。
「おんぶ」
「は?」
「おんぶして、連れてって。さっきみたいに」
俺は思わず周囲を見渡した。
幸い、ここには人目はない。
「大丈夫、誰も見てないよ」
樹里の方が先にそう言った。
確認済と言う訳か。
俺は黙ってしゃがみこむと、背中を樹里に向けた。
樹里がおぶさり体重を預けて来るのを確認して、俺は立ち上がった。
そのまま人がいない通路を選んで倉庫に向かう。
「ふふ、ラクチン」
背中で樹里の嬉しそうな声がした。
「樹里って意外とガキだな。おんぶぐらいで喜ぶなんて」
「だって誰かに背負って貰うなんて、おそらく小学校低学年以来だよ。今日はそれを二回も味わう事が出来た!」
「喜んでもらえて光栄です。お嬢様」
「うん、いいぞ音也。これからその姿勢で私に接するように」
「調子に乗ってると振り落とすぞ」
「キャア、DVだ!」
そう言って樹里は俺の首に強くしがみついた。
「バカ、首を絞めるな!」
そう言った俺の耳元で、樹里が囁いた。
「ホントはね、私、音也が駅で待っていてくれるんじゃないかって思っていたの。それで私だけ一次会で帰って来たんだ」
「え?」
「音也は困っている人を放って置けないでしょ。だから、もしかしたら私を待ってるかもしれないって……」
(そうなのか?)
俺は樹里の言葉を聞きながら、その意味を考えていた。
「でもケガをしたのが私じゃなくたって、家が近くなら音也はきっと助けたんだろうね」
樹里の言葉に寂しさが混じったような気がした。
(そうかな。ケガをしたのが樹里じゃなかったら……俺はこんなに気にしただろうか?)
「俺にはよくわからないけど……たぶん樹里が言っているような人間じゃないよ」
「そうかな?」
「ああ。どんな相手でも常に助けるって言うほど、善人じゃない」
「……」
「たぶん、今回だって樹里だから助けたんだと思う。他の人だったら、あそこまでしたのかどうか……」
そこまで言って俺はハッとした。
待て待て。
これって俺が樹里を特別扱いしているって意味だよな。
それは俺が樹里の事を……
また樹里が俺の首に回した腕に力を込めた。
だが今度は柔らかく、そっとだ。
「ありがとう、音也」
静かに樹里はそう言った。
俺はそれには何も答えなかった。
その時は、何を言っても蛇足に感じたからだ。
ただ背中に樹里の体温だけを感じていたかった。
テニスコートの横を抜け、倉庫の前に到着した。
(これから二人で、この中で過ごすって……)
今は夜の九時過ぎ。
周囲には誰もいない。
そんな中、二人っきりでこの中で過ごすなんて……
俺は急に胸がドキドキして来た。
いま樹里はピッタリと俺に抱き着いている。
俺の耳元に樹里の柔らかい息が降りかかる。
背中には樹里の胸の弾力が感じられた。
(え、え、まさか、そんな……でもこの状況……)
「中に、入ろ」
耳元で樹里がそう囁く。
「う、うん」
俺は焦りながらも、右手だけを離して自分のポケットの中を探った。
「ん?」
今度は左手で左ポケットを探る。
(無い……)
次に両側の尻ポケットの中を探った。
そこにも無い。
「樹里、悪いけどちょっと降りてくれ」
俺は樹里を背中から下ろすと、今度はカバンの中を調べ始めた。
やはりどこにもない。
「どうしたの?」
樹里が不思議そうに聞いた。
「いや、無いんだ」
「何が?」
「倉庫の鍵が」
「はぁ?」
樹里が驚いたような声を出した。
「そう言えば昨日、親父が倉庫の中を見て来るって言って、鍵を渡したままだった。まだ返して貰ってない」
俺は首を回して樹里を見ながら、そう答えた。
樹里は目を丸くしている。
だが数秒後、樹里は突然笑い出した。
「アハ、アハ、アハハハハハハハッ!」
「な、なんだよ。どうしてここで笑うんだよ」
俺は樹里の笑いの意味が分からず、そう尋ねた。
「だって、だって、アハハハハハ!」
樹里は相変わらず笑い続ける。
俺はただ黙って見ているしかなかった。
「さっきまでの展開と……まったく違って……最後がこんな終わり方だなんて、しまらな過ぎ……アハハハハハ」
「どういう意味だよ」
樹里は笑い涙を拭った。
「いや、もういいよ。きっと私と音也は、こういう関係なんだよ」
確かに樹里の言う通り、さっきまで二人を包んでいた甘い雰囲気は、台風にでもあったかのように吹き飛んでいた。
(……これが俺と樹里の関係)
「プッ」
思わず俺も吹き出した。
「ハハ、ハハハ、ハハハハハ!」
「アハ、アハハ、アハハハハ!」
俺と樹里の笑い声が重なる。
そうだ、俺と樹里はこういう関係なんだ。
着かず離れず、微妙で……そして周囲には秘密の。
天敵女子、江戸川樹里。
でもそういう不思議な関係の異性が、一人ぐらい居てもいいんじゃないか。
俺は樹里の笑う姿を見ながら、改めてそう思った。
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これで第一章は終わりです。
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自作『彼女が先輩にNTRれたので、先輩の彼女をNTRます』
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彼女がサークルの先輩男子と浮気!
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浮気された後輩男と、浮気された先輩女子によるリベンジ・ラブコメです。
一人でも多くの方に読んで頂ければ幸いです。
(なおカクヨム版と文庫版では話の内容が異なっています)
天敵女子との秘密で微妙な関係 震電みひろ @shinden_novel
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