第10話 不死鳥の深羽根

「本当にあった。これが、龍樹りゅうじゅ……!」


 一夜明け、最後まで彼に付き合うと決めたセシリーヌは、この島のどこかにあるかもしれない龍樹を探し、彼と山道を進んでいた。

 手紙をくれたセドナ姫の話では、人々を襲う症状的にも龍樹の可能性が高く、毒の届く範囲からして、島のどこかに龍樹の木があるはずだとのことだった。

 それにしかるべき処置をすれば、これ以上被害が拡大することはないだろう。

 風と森の精霊に願い、二人はセドナ姫がくれた無害な龍樹を頼りに、山を進んだのだが……。


「意外と小さいのだな。もっと壮大な木を予想していた」

「いや…俺もそう思う……」

 島にある一番高い山の中腹付近にあった龍樹は、全長五十センチほどの小さな木だった。

 もらった枝や、先日国王の腕に現れていた痣と同様、重なり合う葉は鱗のようで、それが全体的に連なる様は確かに、東洋の水神・龍にも見える。

 だが、拍子抜けするほど小さい木に、セシリーヌは思わず首を傾げて言った。

「この木が何万人も苦しめたなど、俄かに信じがたいのだが……。この島に龍樹の木はこれ一本だけなのか?」

「精霊曰くそうらしい。この葉と同じ木は、これだけだと」

「む…威力は見た目によらないな……」

 車椅子から身を乗り出し、行儀悪くしゃがみこむルシウスと共に龍樹を観察しながら、セシリーヌは誰にともなく呟いた。


 龍と言えば、海中に棲み、時に天に昇って雲を呼ぶ強大な水神だと聞いていた。

 だからこそ、とてつもなく壮大な脅威をイメージしていたのだが、近付いてなお、身の危険は一切感じない。本当に原因はこれで合っているのだろうか?


一先ひとまずこれの処置をしよう。方法を詳しく聞いてもいいか?」

 すると、本物を見て逆に不安になるセシリーヌに、ルシウスは立ち上がって言った。

 最終的な原因が何であれ、これが毒を持つ害樹である以上、捨て置くことはできない。

 そう思って問うと、セシリーヌは手紙の内容を簡潔に説明した。


「龍樹は本来、海水で育つ植物だそうだ。海水で育った龍樹は無害で良き木材となる一方、真水で育つと毒を持つ。毒を中和するためには、三日三晩海水に漬ける必要があるらしい」

「つまり、海水で全体を包んでおけば一応は安全ということか?」

「そうだな。危険と紙一重故、東洋では見かけ次第伐採しているようだが、勝手にるわけにもいくまい。きみの魔法で海水を運べるか?」

 木への対処法を告げながら、セシリーヌは真剣な顔で話を聞くルシウスに問いかけた。

 木に含まれるルジナと言う毒素が、海水のミネラルによって中和され、無害になるとのことだったが、難しい話を人間の言葉にするのは厄介で。

 一先ず必要なことだけ告げると、ルシウスは少し悩みながら言った。

「精霊に俺の声が届けば可能だが、ここからでは海が見えない。一旦海に出向いて運んできた方が早いな」

「そうか。では私はここにいるから、お願いできるか?」

「……一緒にって言わないんだな。だが、分かった…すぐ戻って来るよ」


 不安げな顔をしながら、それでも願う彼女の髪を撫で、ルシウスは風の精霊と共に、海へ向かい飛び去って行った。

 途端、この場を支配するのは、風と森のざわめきだけ。

 もちろん、知らない場所で一人になるのは怖かったけれど、一緒に行ったところで邪魔になる。

 困らせると分かり切った我がままはしないのが、セシリーヌだった。



「……随分と早いお帰りだな」

 大きな海水の玉を抱え、往復二分足らずで戻って来ると、驚いた顔のセシリーヌが出迎えた。

 先程と全く同じ角度で空を見上げていた彼女は、地に足を着けた途端、てきぱきと海水で龍樹を包み、処置を施すルシウスを、安堵と驚嘆を混ぜた顔で見つめている。

「不安そうな顔をしていたくせに。強がりはよくないぞ」

「……!」

 すると、彼が戻って来た途端、緊張の糸を解く彼女に気付いていたルシウスは、セシリーヌを抱きしめて言った。

 不安に思っていたのはルシウスも同じだったが、えてそれを隠そうとする彼女に、甘えてほしいと願うのは、彼女に対する欲だろうか。

 昨夜の熱が冷めやらず、つい思いのままに抱きしめていると、不意に海水の玉の中から何かが飛び出てきた。


「ぴゅー」

「……!」


 変な鳴き声を上げて飛び出してきたのは、ピンク色の丸いいきものだった。

 口元に深紅の羽根のようなものをくわえたそれは、驚くルシウスを足蹴にした後で、セシリーヌの肩にちょんとくっつく。

 つぶらな瞳が印象的なこの子はどう見ても、ペットのパルフィーだ。

「パルフィー? どうしてここに……。まさか、海水の玉に入ってついて来た?」

「ぴゅ」

「そっか。心配かけてごめんね」

「ぴゅー」

「え? これって…不死鳥の深羽根みはね!? もしかして、採って来てくれたの?」

「ぴゅー」

「嬉しい~! ありがとうパルフィー。これがあれば――」

「……おい。そろそろ何言っているか説明してくれ、セシリーヌ」


 パルフィーに頬擦りしながら、すっかり自分たちの世界に入るセシリーヌに、ルシウスはつい、ダンゴウオをつまんで引き剥がすと説明を求めた。

 魚に嫉妬するほどガキじゃないつもりだが、パルフィーが現れた途端、嬉しそうに笑う彼女を見ていると、妙な気持ちになる。

 彼女を一番笑顔にできるのは自分でありたいなんて、やっぱりこれは嫉妬だろうか。

「……すまない。ついはしゃいでしまった。だが吉報だぞ、ルシウス」

「ダンゴウオの来訪が?」

 内心そんなことを思いながら言うと、セシリーヌは一つ咳払いをした後で切り出した。

 途端彼は、しっぽを掴まれ、びちびち暴れるダンゴウオを見てしまったが、そんなルシウスに、セシリーヌはパルフィーを返してもらいながら説明する。

「正確にはパルフィーが持ってきたこの海藻だ。これは海底活火山の傍にのみ生息する「不死鳥の深羽根」という海藻で、人間たちへの毒の中和に不可欠なものなんだ」

「……!」

「なぜなら、人の身体に根を張った毒を中和するには、この海藻を粉末にし、海水に溶かして摂取する必要がある。不死鳥の深羽根には強い癒しの作用があって、我々は古くから毒の除去や細胞の再生のため、これを使ってきた。……だが、私が海に戻れなくなったことで、どう採りに行くべきか困っていたんだ」


 肩にくっつくパルフィーと、彼が持ってきた海藻を交互に見つめ、セシリーヌは少しだけ寂しそうに説明した。

 本当は昨日、ルシウスに逢う前に、彼女は深羽根を取りに行こうと思っていた。

 海底火山までこれを取りに行けるのは、海を生きる自分たちだけ。

 だからこそ、彼の役に立てると、あのときは嬉しく思っていたのだが……。

「なるほど…ならばこれを持って、早速ベラート様の元へ参ろう。原因が龍樹であることの証明と、セイレーンが悪でないことを証明に」

「……!」

 海王の激昂ぶりを思い出して肩を落とすセシリーヌに、ルシウスは屈み込むと、彼女の髪を撫でながら優しく告げた。

 まだあれからたった一日、傷を埋めるには短すぎる時間だ。

 だが、それでも共にと望んでくれた彼女のため、今はできることをしなければ。

「さあ行こう、セシリーヌ。ついにきみの正体を明かすときだ」



「――対処法が分かったと言うのは本当かね、ルシウス殿」

 国王宛てにメッセージを送ると、二人はすぐさま王城へ呼び出された。

 前回と同じく、豪奢なベッドで横になる国王は、先日よりも悪い顔色で、やって来た二人を見つめている。


「長らくお時間を頂き申し訳ございませんでした、ベラート様。先日彼女が話していた龍樹について情報提供者より回答があり、島内を探索したところ龍樹と思われる木を発見致しました。今回の件、龍樹の毒が原因で間違いないかと思われます」

「そうか…それで、毒はどうすれば……」

「毒の中和には海水と、こちら「不死鳥の深羽根」と呼ばれる海藻を用います。まずはこれを粉末にし適量海水に溶かす。こちらを摂取することで体内の毒素を中和可能です。もっとも、完全な中和には数日かかるとのことですが、お召しあがりいただけますか?」

 ベッドの上で上半身を起こし、苦しげに話を聞くジゼラ王を見つめ、ルシウスは報告の傍ら、魔法を使って海藻を粉末すると、グラスに入れた海水に溶かして差し出した。

 あまりの手際の良さに、ジゼラ王は目を白黒させていたが、彼はやがて、そっとグラスを受け取り、覚悟を決めた顔で飲み干す。

「……!」

 途端彼を襲ったのは、海水の塩辛さと、身体中が熱を持ったような錯覚だった。

 だが、驚いた瞬間、彼の腕を覆いつつあった痣は剥がれ、熱は引き、顔色が戻っていく――。

 どうやら無事に毒が中和されたようだ。

 あとは……。


「……ご気分はいかがですか、ベラート様」

 ほんの少し前まで言うことを聞かなかった身体が嘘のような、軽い感覚に驚くジゼラ王を見つめ、ルシウスは静かに問いかけた。

 すると、彼の声掛けに王はゆっくりと頷き、改まる。

「ああ……先ほどまでの気怠さが嘘のようだ……。感謝申し上げるよ」

「いえ。今回の件は、彼女の協力があってこその解決でした。お礼なら彼女に…・セシリーヌに申してください」

 正常な身体を噛み締めるように礼を言うジゼラ王を見つめ、ルシウスは隣で様子を見守るセシリーヌの正体をそう明かした。

「せっ、セイレーン!?」

 途端表情を引きつらせる王を前に、ルシウスは圧縮していた海水を拡げると、セシリーヌを元の姿に戻していく。


 二人にとってはここからが正念場。

 奇病の原因はセイレーンの呪いではなかった。

 セイレーンは決して、人を害するために歌っていたわけではないのだ。

 この件に奔走してくれた彼女たちがどのような生き物なのか、それを知り、手を取り合っていくことが国の、世界のためになる。

 願いを込め、ルシウスは怯えを見せる王に語り出す。


「どうか恐れないでください、ベラート様。セイレーンは決して人を害する種族ではないのです。これから、私たちが知るセイレーンのすべてをご報告致します」

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