第14話 別れ
大所帯がようやく拠点に辿り着いて中へ入ると、荒らされて死体や血まみれになっていた床や壁は、残っていた者によって綺麗に片付けられていた。
勇敢に戦った遺体は大広間に並び、毛布を被せられている。血縁の者や生前の友人達に別れを告げる為、囚われた者達が戻ってくるまで魂が宿れる場所を残しておいたのだ。
壊人による――エコーによると言ったほうが正しいか――拠点への襲撃が出した死者の数は凄まじかった。かつて絶望の世界に身を投じながらも、反抗するように生きていたこの拠点の者達の活気も失われて今では悲しみにすすり泣く音がこの拠点の中を埋め尽くしていた。
「嫌だ! 置いていかないでよ……!」
「あなた……私達のために戦ってくれたのね」
「パパ……! 死んじゃやだよ!」
悲哀の事実に叫ぶ者達の間を抜けて一人の英雄は拠点の長の元へ向かった。その老人は拠点の者と忙しく話している。
「トクジさん、戻ったよ」
「おぉタケル! よく生きて戻った……!あいつは、ケンジはどうした」
「向こうで壊人の事を知ってから酷く落ち込んでいるみたいなんだ。今は自分の部屋にこもってるよ」
「そうか……だが生きて帰ったのなら良い。何か壊人についてわかったのか?」
彼は研究施設で起こった出来事、突如助けてくれた人達、そして謎の部屋で机の上に広げられていた文献について今後の動きの為にも老人に共有した。
「なるほどすぐには理解し難い話だが、エコーというのが言わば奴等の長だな? 今後はそやつの動向を確認しておかねばならんな。そして壊人は故意に襲っているのではなくそう改造されていると……まして今は感情や知性まで取り戻しているかもしれんという事か……惨い事実だ。救いようがない」老人の顔に浮かんでいた絶望が色濃くなった。
「助けてくれた者達については知っている。レンはまだ生きておったか……そこでリーダーと呼ばれていた者はお前さんの父親の古くからの友人でな。頼まれていたんだろう、自分に何かあったら息子と娘を任せたと」
「父さん……」あの日の父の背中を思い出した。
「とにかく今はお前達に感謝せねばならん。タケル、囚われた者達を救い出してくれてありがとう。ケンジの所にも行ってくる」そう言うと部屋の方へ歩いて行った。
今日は死者に寄り添う者が多く居た為、拠点の電灯は夜通し点いている。凄まじい幾日が終わった。彼も自分の部屋に戻り、横になって天井を見つめていた。
救えなかった者の多数。それと同時に救えた者や新たな情報を得た事も事実だったが、人間はいつも失ったものを一つ二つと数えながら生きていく。ずっと変わらない白い天井に後悔の絵の具を塗りたくりながら過ごす夜は、ついに睡眠をとることが出来ずに朝を迎え入れた。
翌朝、どうしてもこの場に居座る事が出来なかった彼はふらふらの脚で昇降口へ向かう。大広間に並べられていた遺体は火葬の準備が始まっていた。時を同じくしてそれまでずっと黙っていた彼も昇降口へ来ていた。
「よぉ」昨日よりかは雰囲気が明るく感じた。
「どうしたの?」
「いやぁ、ちょっと外の空気でも吸おうかと思ってな。お前こそどうしたんだよ」
「別に……同じだよ」
二人はいつものように昇降口を出た。拠点の人が減った為資源には余りがあり、特に外を歩く必要はなかったが二人は外に出た。清々しい程に呆けた青い空は懐かしく感じる。
「おい、なんで着いてくるんだよ」
「いつもそうだろ?」
「まぁ別に良いけどよ、着いてこないほうが良いと思うぜ」その言葉を不思議に思ったが、深く聞かなかった。
「拠点空けて大丈夫なの?」別の話題を持ち出す。
「やつらも今は人手不足だから襲ってはこないはずだ。昨日もあの拠点に呼び寄せられてんのか、向こうに歩いて行ってるやつばかりだったぜ」
「確かに、この辺には見当たらないね」
どこに向かっているのか、向かう先があって歩いているのか分からなかったが、しばらく無言で彼の後に着いて行った。
拠点からさほど遠くはない大きな商業施設に着くと、扉をこじ開けて中に入る。
「ここは?」
「……俺の妹が死んだ所だ。俺があいつを守れなかった場所」
「そうか……」
この大きな商業施設はツタのある植物が建物の中と外を占領していた。
「なぁタケル、俺達が殺したのは何だ」通路に置いてあった椅子に座って真剣な眼差しを向けると彼に聞いた。
「壊人だよ。元は死刑囚や犯罪者が改造された」元は悪人という事を強調して言った。
「初めは、な。やつらは知性と感情を取り戻して繁殖していた。最初の壊人なんてもう一人も残ってないんだ、あいつらは運悪くこの世に壊人として生を成してしまった可哀想なやつらだ」
「でも、襲ってきたんだ。しょうがないよ」
「見てなかったのか? あの文章を。どうしようもないんだ、どんだけ悲しみに暮れようと反抗しようと身体は勝手に襲うんだよ。やつらは泣いていた、俺達はこどもまで殺したんだ!」
「仲間を救うためだったんだよ……! 殺したってしょうがない!」
「俺達は人を殺して生きてきたんだよ!食料を取る時も物資を取る時も、近くに居たからって殺した事もあった! 俺達が化け物だと思って殺しまくってたのは操り人形にされた人間だ……!」
分かってはいたが、事実から眼を背けていた。襲って来たからしょうがない、あれは人ではない、生きる為だ、と。
「やつらは頭を壊された人間だが、俺は心を壊された。ずっと考えてたが、もうどうにも立ち直れないんだ……。どっちが化け物だ? どっちが壊人なんだ」何も言い返せなかった。彼が間違っているとも正しいとも思えた。
「妹が俺を呼んでる。拠点のみんなを頼んだ、タケル」
そう言うと彼は、何も入っていないと思われた薄いリュックサックから黒く光るものを取り出して頭に添えた。
「すまない……」
「ケンジ……!待っ――」
広い商業施設の空間に閃光と破裂音が響いた。すぐ後に薬莢が跳ねる甲高い音が乾いて残り、椅子から人形のように崩れ落ちた。最後に残された音は悲痛な叫び声。
彼の生きる指標となっていた妹からの言葉は、最後の場に居合わせた相棒へと受け継がれた。
その日、拠点には帰らなかった。相棒の亡骸に寄り添い、暗闇の中一人で考える。
――彼の心も揺れていた。
壊人 ちーそに @Ryu111127
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