第6話:新年の翌日

 昔あるところに、一人の女の子がいた。

 その女の子は、弟と貧しい二人暮らしをしていた。

 とある冬の日。弟が病気になってしまう。

 何人かの医師に診てもらったが、なんの病気かわからない。

 女の子は弟を救う手段を探し求めて街中を周り、ついにある場所にたどり着く。

 そこは、『壁』の上。

 神秘的な朝焼けが見えた瞬間、女の子は思わず祈る。

 『どうか弟の病気が治りますように』

 そこに、謎の声が女の子の頭の中に直接届いた。

 『お前の弟の病気を治してやろう。なんだったら一生病気にかからない体にしてやってもいい。その代わり、お前の魂を寄越せ』

 弟想いの女の子は頷いた。

 『明日の日の出に、ここに来るがいい。お前にできうる限り最高の姿でな』

 家に帰ると、弟は元気になっていた。

 二人は喜びあい、涙を流しあった。


 次の日、まだ暗いうちに女の子は家を出た。寝ている弟の隣に、そっと置き手紙を残して。

 亡き母が買ってくれた上等な白いワンピースを身にまとった女の子は、日の出とともに生贄となった。

 その日の朝焼けは史上最高に美しかったという。

 そしてそれが、『朝焼けの魔物』にまつわるおとぎ話の内容。


 私は開いていた絵本を閉じると本棚に戻した。一睡もできないまま、私は最後の時を迎えようとしている。

 死ぬのは、怖い。

 一年前、先輩の介錯として銃の引き金を引いた時から、ずっと考えていた。


 私達の為す『特務』は本当に正しいものなのだろうか?


 答えは分からないままだ。

 でも。

 先輩も、その前の特務官も、その前も、初代に至るまで皆、己の為すべき事を信じたのだ。

 今度は私が繋げていく番だ。

 寝巻きを脱ぐと、クローゼットから一着の衣類を取り出す。

 伝承通りになるように代々皆が着たものと同じ型の、白いワンピース。

 着てみると思っていたより寒くはなかった。それでも寒いものは寒い。

 上着代わりに軍服を羽織ろうとして、私は軍服の襟のバッジに気がついた。特務官を示す、日の出を表した銀のバッジ。

 私にはもう、不要なものだ。

******

 日の出まであと三十分といったところで部屋をノックする音が聞こえた。

 ドアを開ける。

 その先にいたのは、白いワンピースを着た特務官だった。

 「どうしたんですか」

 「手帳にメモを書いていなかったから、書こうと思ったのよ」

 そう言うなり特務官は、私が机の上に放置していた手帳になにかを書き込んだ。

 「あと、貴方にこれを」

 何かを手渡される。……バッジだ。

 「『儀式』の後につけなさい」

 そう言って、特務官は私の部屋を後にした。

 リビングを横切って歩いていく彼女に、何か言おうと思って。

 でも結局、何も言えずに私は特務官を見送った。

 ところで、特務官は何を書いたのだろう。

 気になった私は、先程特務官が開いていたページを開く。

 そこにはこう書いてあった。


 『おそらく毎年、誰かが朝焼けの魔物に願いを告げている。それは誰だ?』


 澄んだ鐘の音が、新しい一日の始まりを告げている。

 時間だ。

 『家』を出ると、特務官は既に準備を終えて私を待っていた。

 特務官の側に行き、銃を構える。

 乾いた一つの音が、私の耳に届いた。

 彼女の寂しげな笑みは、私の脳裏にこびりついたままだ。

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朝焼けと白いワンピース わふにゃう。 @wafunyau889

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