第30話 やる気満々


 私、ごしごしと唇を拭った。これで、私の顔、光らなくなったかな?

 私は顔を手で覆って、目を見開いて光の有無を確認しようとした。そしたら、その手を元魔王が掴んだ。


「むしろ、この光を使うべきだな。

 光る動物を襲う他の動物の正体とは、おそらくは魔族ではない。なぜなら、フランを見よ。子どもながらにすべての果汁を舐めとって、光を残さぬ。スライムのような身体の小さな魔族はすでにそのような安全策を講じている。つまり、襲われる側だったということだ。

 ということは、襲ってくるのは魔族以外の動物ということになるし、さらに言えば光を放つ果実について学ぶ機会のなかった深奥の魔族の可能性もあろう」

 ……言いたいことはわかるけどさ。私、単に顔が光っているっていう、それ自体がもう嫌なんだけど。


「でも、いきなり襲われるのは嫌なの。私は平和に旅したいの」

「魔族以外の動物であれば、狩ったのちに肉を焼いて喰らうこともできよう。深奥の魔族であれば、再び賢者の石を手に入れる算段もできるやもしれぬ」

 えっ、焼き肉?

 金も嬉しいけど、焼き肉もいいなぁ。


「となれば、別に勇者の顔でなくともよい。どこかで囮になるなにかを光らせればよいのだ」

「えっ、それならいいなあ」

 私がうきうきで答えると、なぜか橙香が露骨に嫌な顔をした。


「その狩った動物の皮を剥いで、内蔵抜いて、肉にするのは誰?

 阿梨、アンタはやんないわよね?」

「賢者に決まっているじゃない。保健の先生なんだから」

 私がそう言うと、賢者の結城先生、素っ頓狂な声で反応した。


「なんで私が!?

 勇者、あんたね、保健の先生と食肉処理の関係がどこにあるのか、言ってみなさいよ」

 まったくもー、いつもいつもつべこべ文句言うわね。


「じゃあ、私が処理して肉にしたとして、それを食べる勇気が賢者にはある?

 賢者が処理した肉なら私、よろこんで食べるよ」

「……そういう話なの?」

 露骨に不満そうな顔で、口の中でぶつぶつと文句をいう賢者に、私はもう一度聞いた。

「私が処理して肉にしたの、賢者は食べられるの?」

「絶対無理」

 ……なんで宇尾くん、アンタが答えるのよ?


「勇者の乱暴なやりかたじゃ、血抜きどころか腸を破って、肉がう◯こまみれになるのが関の山」

 ……なんてこと言うのよ。まぁ、たしかにそうならない自信はまったくないけれど。でもね、だから賢者にやってもらおうってんだから、私が責められる筋合いじゃないわ。それに改めて言われて気がついたけど、私、動物のお腹を開くなんて、そんな怖いことはできないってば。


「私がやろう」

 えっ、ケイディ? なんでアンタが?

「軍の訓練で、野生動物はネズミからカラス、ヘビに至るまで捕まえて捌いて食べた。私がやる。問題ない」

 なんでだろう、それはそれですごく嫌。

 私は焼き肉が食べたいのであって、ゲテモノが食べたいわけじゃないのよね。美味しいものが食べたいのであって、生き延びるためだけに必死で食べるわけじゃないんだから……。


「よし、それでは明日に備えて一寝入りしよう。明日は早起きして肉を手に入れよう。特殊部隊時代の訓練が懐かしいな。みんな期待していてくれ」

 ああ、とんでもないことになっちゃったわ。

 神様、お願いがあります。変な動物の肉を食べさせられて、死んじゃっても生命がありますように。

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高校入学2日目から、転生魔王がうざい 林海 @komirin

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