第29話 寝ている場合じゃないっ


「とりあえず、それ、分けてくれないか?」

 宇尾くんの言葉に、私、首を横に振る。

「橙香が私にくれた柿の種なのよ。だから、私が食べる」

「そこをなんとか、頼む。このとおりだ」

 宇尾くん、深々と頭を下げた。土下座も辞さないって勢いだな。


 ちっ、したないわね。土下座までさせたら、あとで相当恨まれての仕返しがありそうだ。

「じゃあ、ちょっとだけ分けてあげる」

「……勇者、私にも?」

 ……えっ、賢者まで?


「勇者。余が、ではなく、辺見の身体が柿の種を欲している。なんとかいくつか分けてもらうことはできまいか?」

 ……あー、もう、これだから。都合の良いように、元魔王と辺見くんとを使い分けるんじゃないわよっ。ケイディとフランの無関心さを見習いなさいよっ。


「じゃあ、4人で分ければいいのね?」

「そういうことなら、そもそも持ってきたのは私だし……」

 ちぇっ、橙香もかいっ。でも、橙香は断れないよね。ちっ、5等分かぁ。となると、厳密に分けないと、あとで血を見るわよね。


 私、柿の種の袋を開けて、きれいなタオルを広げて数を数えた。うん、唇が光っているって、手元が明るくていい照明よね。で、入っていたのは柿の種が82個、ピーナッツが10個。

「柿の種、1人16個。ピーナッツは2個。余りの2つは、橙香と私で1つずつ。

 これでいいわね?」

「……それでいい」

 こういうとき、宇尾くんと賢者と元魔王、みんなものわかりが良くて助かる。私だったら、この余りの2つ、議論もなしに譲るなんてありえないからね。


 で……。

 こういうのも性格が出るのねぇ。宇尾くんは、一気にぼりぼりと食べて、ものすごく幸せそうな顔をした。だけど、賢者は杖の中にざらざらとしまい込み、柿の種の1つだけを噛まずにゆっくり口の中で溶かす作戦に出た。

 あー、思いっきりケチクサイけど、私もその方法で食べることにするわ。1日2つで8日間。それだけあれば、ザフロスの渓谷にたどり着いて、深奥の魔族との戦いにもキリがつけられる。そしたら、自分たちの世界に帰るんだ。

 どーせケイディの国の料理は美味しくないだろうけど、それでもMREよりは美味しいはずなんだし。


 私、おそるおそる柿の種を1つ、口に運んだ。

 ……うっ。

 醤油の香りって強い。たった1つの小さな柿の種が、私の中の食べることへのイヤイヤ病を癒やしていく。ああ、身体がリセットされていくのがわかる。ああ、お腹すいた。いつものMREさえも、許してあげられる気になってきたわ。


「じゃあ、これで今日は寝よう。ここは安全だ。明日の朝からまた歩く。順調に距離を稼いでいるから、期間内にザフロスの渓谷にたどり着くことができるだろう」

 元魔王の言葉に、私たちは思い思いにうなずく。これから寝るんだから、めんどくさい議論は嫌。それで、異議はないわ。


「ただ、1つ、不安がある」

 ……なによ、賢者。もー眠いんですけど。

「勇者の唇、まだ光っているのよね。

 フランに聞いたけど、なっている実は光らないそうなのよ。傷つけられた果汁のみが光るってどういう意味かしらね。あの木の実を食べて、光る動物を襲う他の動物がいるんじゃないかしら。そうやって、実の中の種子を受け渡して、より強い動物に遠くまで運んでもらうって生存戦略。

 となると、勇者の唇の光は消しておかないと、とんでもないことが起きるかも……」

 ……なんてこと言うのよ。それが正しかったら、寝ている場合じゃないじゃないっ!

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