第18話 翌日ギャル

 翌日。

 午前七時。校門の前で約束していたので、衣織いおり那智なちを待つ。早朝ゆえに周辺に生徒の姿はなく、あるのはグラウンドで朝練に精を出す運動部の姿のみ。


 陸上部に、野球部、そして——どうしても視線が向いてしまうのは、サッカー部。

 大勢の男子生徒と、マネージャーだろうか——少人数の女子生徒がグラウンドの中央付近に集まっていて、そこには彼——風見涼かざみりょうの姿。


 身長が高く、さっぱりとした雰囲気をした好青年。周囲から「男らしい」と人気な理由も頷ける。一年性にしてレギュラーに選抜されただけあって、他の部員とは身体の動きが全然違う。


 彼のボールを扱う足裁きに、対峙したプレイヤーは見事に翻弄されている。一瞬の隙をついて又抜きをすると、そのまま一人でゴールエリアに駆けて行く。

 彼が迫ってくるのに備えて、敵のゴールキーパーの顔色が変わるのがここからでもわかる。


 そこへ、敵のデフェンダーが追いついてきて、その背中を追いかけてもう一人の味方のフォワードが駆けつける。

 風見涼かざみりょうがちらり、と確認したのは味方の位置。美しいステップでディフェンダーを乱して隙をつくると、すかさず味方にパスをした。


 ふわり、と上がったパスに味方がボレーして合わせる。

 ボールはゴールキーパーの手に触れたが、そのまま勢いを殺すことはできずにゴールネットを大きく揺らした。


 ナイス、と味方からも敵からも声が上がって、フィールド外の顧問もサムズアップしている。

 部活としては、かなりいい雰囲気だ。練習試合だとしても、敵味方関係なく彼のプレーを賞賛している。


 フィールドに立っている部員の数は二十二人。その周囲で観戦している部員はもっと多くて、朝早くからこんなにも多くの人間がグラウンドに集まっていること自体が驚きだった。


 せっかくだから、と那智なちが校門前にやって来るまで、サッカー観戦をしようと思い、グラウンドの四方に設置されている太い電柱越しで試合を眺める。


 衣織いおりが眺めていたのは、ほんの少しの試合時間で、だがその間でゲームは大きく動いていた。

 風見涼かざみりょうがアシストしてチームに一点を入れたあと二、三分後には、強力なカウンターを食らって点数が返されていた。


 衣織いおりは、そんなゲームの激動に肩を揺らしながら「おお……!」とか「わあ……!」とか呟く。彼女は格闘ゲームで敵に攻撃されたとき「痛い」と言ってしまうタイプである。


 完全に試合に感情移入していると、ふと自身の後ろ側に誰か近づいていることにッ気づいて振り返る。

 待ち合わせをしていただけに、那智なちだとほとんど断定してしまっていた。


 そこに立っていたのは、見知らぬ女子生徒だった。


「あんた、もしかしてマネージャー希望?」


 いかにも「気の強い女」という雰囲気を醸し出している女子生徒。身長は衣織いおりよりも頭一つ分高く、濃いめのメイクに、この時期においても日焼け防止のためかキャップを被っている。


 衣織いおりはそんな高圧的な女子の前で、頭が真っ白になる。


「あ、あ、あ……ぎゃ、ぎゃ……」

「は? 何言ってんの? こっちはマネージャー希望かって聞いてんだけど」

「ぎゃ、ぎゃ、ぎゃ……ぎゃる……」


 そう。衣織いおりに声をかけてきた女子は、典型的なである。

 また、ギャルは、衣織いおりの天敵でもある。

 

 小、中学時代と衣織いおりを虐げてきたのは、常に気の強い女であり、彼女の固定観念のなかでは、「バスケ部女子 or バレー部女子 or イケイケな部のマネージャー=いじめっ子」という等式がほとんど完成されてしまっている。

 対峙するだけで震えが止まらなくなるし、手汗も尋常じゃない。鋭い眼光で睨まれれば身動き一つ取れなくなってしまうし、反発も抗議も口答えもできないので、ただその場に立ち尽くして目を回しているぐらいしか行動がとれない。ギャル怖い。


 蛇に睨まれた蛙のようにぶるぶる震えていると、彼女のほうから話を展開していってくれる。


「こんな朝っぱらからサッカー部のゲーム見てるとか、どういう神経? あ、もしかしてマネージャー希望じゃなくて、好きな人のこと見てたとか? だったらあーし、邪魔しちゃったかも?」

「あ、あ、あ、違います! 別に君のことなんか見てませんから!」


 衣織いおりが混乱した脳でなんとか弁明するが、それは誤解という名の墓穴である。

 発言を受けたギャルは「え、マジ? りょう狙いなん?」とけらけら笑い出した。


りょうは倍率高いよー? あいつ目当てでマネージャーになった子もいるし」

「え、風見かざみ君って、そんなにモテるんですか?」

「そーそー。あの通り、一年生にしてレギュラーだし、女の子に気遣えるし、めっちゃ人気……って、あれ、あんた芋っぽいって思ってたけど、よく見たらめっちゃ顔綺麗じゃん。なにしにそんな重たい前髪してんの?」

「……うぐっ、わわ私の外見なんてどうでもいいじゃないですか。……そんなことより、風見かざみが人気って話、もっと詳しく……」

「ちょっ、あんた、そんなに素材がいいのに、全然肌とか髪とかケアしてないじゃん。もったいないよ。唇もカサついてるし。あんた、本当に女? 女子力足りなくない? 保湿クリーム貸したげるから、ちょっと、こっち来て」


 一つの話題に対して、三つも四つも付随してくる別の話題。

 どんどん話の流れが広大になっていくせいで、衣織いおりの混乱は激化の一途を辿る。


 無遠慮に引かれる手にちらりと視線を向けると、派手なマニキュアがされていて、きっと、そういう女性の身体のケアのことを「女子力」と彼女は呼んでいるんだろうなと衣織いおりはなんとなく察する。


 察するけれど、理解することは難しい。衣織いおりのなかでの「女子力」に該当するのは、料理ができたり裁縫ができたりすることであり、メイクや自身の身体のケアのことを示しているわけではないからだ。


 早朝七時。グラウンドにて、ギャルに拾われる。

 衣織いおりはこのとき、那智なちとの待ち合わせのことなんて頭から抜け落ちていた。


 それぐらい、衣織いおりにとって、このギャルとの出会いは衝撃的(トラウマ的な意味で)だった。

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陽キャグループに入ることになった陰キャ女子、カースト上位の美少女たちを惚れさせまくる(※私も惚れちゃいそうなんですが……?) 安達可依 @todokakushi

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