第三話 『誰か』

 「すごーい!本当に止まってる!」


 建物の外に出て窓の外に見えた景色を見る。確かに目の前に、幾千万の水の雫が空中で静止していた。この世の景色とは思えないな。

 風に飛ばされてきた木の葉も、近くに立っていた時計の針も、少しも動かず止まっている。


 「さっきの柱も回復したわけじゃなくて、柱そのものの時間を巻き戻したのか」

 「でも、これどうやって時間の流れを戻すの?」


 キリノに言われてふと考えてしまった。確かにどうやるんだ?

 考え込んでいると、いきなり時間が動き出した。制御の仕方が分からない。いつかは使いこなせるようになるのかな。

 って、こんなことしてる場合じゃない。早くトルマリン達を探しに行かないと…


 「どうやって三人を見つければ良いんだ……」

 「それなら心配しなくても大丈夫。私の霧に望むものを指す力があるの。その代わり結構力を使うから、何度も使えないけど」

 「本当か!?何から何までありがとうな」

 「うん。じゃ、始めるよ」


 キリノが目を閉じて、俺の胸に手を当てる。しばらく手を当て続けると、キリノは腰から抜刀し、剣を地面に突き刺す。剣先から霧が発生し、一直線状に密集して、ある方向を指し示した。

 

 「あっちにいるのか」

 「あれ、あの方角ってサファイアと出会った方だ」

 「てことは、あのでっかい森の中にいるのか?早く行かないと!」

 「待って、焦る気持ちも分かるけど、今日は遅いし明日の朝出発しよ。」


 トルマリン、ジェット、フローラ無事でいてくれ…



 *       *       *

 

 雲一つなく、星々が煌めく穏やかな夜の海。一隻の巨大な帆船が突き進む。

 穏やかな海に荒々しく波を立てている。

 要塞のように大きな船尾楼に発生した黒い穴から青年もといエメラルドが現れた。


 「エメラルド様、お帰りなさいませ。交界隊が帰還しました。今回もハズレです」


 舵を取る男がエメラルドに語りかけた。その男は黒い軍服に、エメラルドと同じ黒いコートを羽織り、燃えている羽が付いたビコーン帽を被っている。

 その男の報告にエメラルドは答えた。


 「いや、今回は大当たりだ。時の器を見つけた。殺す直前にこの世界のどこかに逃げ延びた」

 「それは本当ですか!?奴らと手を組めば、我々の計画に邪魔が……その者の始末は、このガーネットにお任せください」


 ガーネットという名の男は、深刻そうな顔でエメラルドに提案した。

 しかし、エメラルドの答えはガーネットの意思に反するものだった。


 「ガーネット、今はまだお前の出番ではない。時を待て。それより、十戒の武器の座標は特定できたか?」

 「特定できたのは、憎悪の剣、絶望の盾、支配の錫杖の三つです。残りの六つの解読には時間を要するでしょう。いかがいたしましょうか?」


 ガーネットの言葉にエメラルドが考え込む。


 「一度ジオードに戻って体制を整え、回収に向かう。十戒の武器さえ手に入れることができれば我々の勝利は確実だ。それとあいつにも『殺すな』と連絡しておけ。」

 「承知致しました」


 エメラルドの指示で、ガーネットが舵輪を大きく回す。それに伴い、船も大きく変針する。


 「三千年の戦争、この時代で終止符を打つ」


*        *        *

 

 「よし、行くか!」

 

 後日、キリノと出会った街の外れ、大樹の森の前に俺達は立っていた。この森にいるのか?

 何が起こるか分からない森へ足を踏み入れた。

 

 「凄い大きさの木だな」

 「それに根っこも大きいから足元も悪いよ」


 足元こそ悪いが、木の葉や飛び出た根が、まるで自然のトンネルのように覆っていて結構涼しい。暑さは何とかなりそうだ。


 「そういえば、キリノはどこでその刀を手に入れたんだ?」

 「この刀は……話すと少し長くなるけど聞いてくれる?」

 「ああ」


 俺が頷くとキリノは自身の過去を語り始めた。



*         *        *


 その日は未知の光景と共に訪れた。

 いつもと何も変わらない朝、その日はとても暑い日だった。いつも通りに、起床して、顔を洗って、朝食を食べて、制服に着替え、鞄と竹刀を持って家を出る。本当にいつも通り。


 「行ってきまーす」

 「行ってらっしゃい、気をつけてね」


 母の見送りを受けて玄関の扉を開ける。扉が閉まって学校へ向かって歩き始めた。

 それが母との最後の会話になるなんて、当時は思ってもみなかった。


 「おはよー、霧乃。今日暑いね」

 「おはよー。そだね、アイスでも買っていこ」


 友人と合流して駅へと向かう。通学路も周りのビルも何も変わらない。

 

 「昨日の課題めっちゃ難しかったー、霧乃解けた?」

 「うん、公式さえ覚えてればそこまで難しくなかったよ。」

 「相変わらず霧乃は頭いいね。」

 

 私は昔から記憶力がよく、一度見たものは忘れないという、いわゆる特異体質というやつだ。そのおかげで勉強はよくできる方だった。


 それでもあの出来事だけは理解できなかった。


 駅の前にたどり着いた刹那、目の前を激しい光が包み、激しい倦怠感が襲った。私を含む周りの人々はあまりの眩しさと苦痛に目を瞑り、地面に倒れこんでしまった。倦怠感がひどく気絶しそうになる。なんとか、声を絞りだして友人に声をかける。


 「だい……じょうぶ?」

 「ごめ……ん、きり……の。もう……だめか……も」

 「わた……しも」


 そう言って私たちは気を失った。

 

 目を覚ませば、先程気絶した駅前のままだった。

 しかし、隣で倒れていた友人の姿がどこにもない。それどころか街にいた人は誰一人としていなかった。道路を飛び出してビルに突っ込んでいた車の中にも、そのビルの中にも、どこにもいないのだ。

 

 私は街中を走り回った。

 

 誰かいないの?いるなら返事して!

 

 誰か、誰か、誰か、誰か、誰か、誰か、誰か、誰か、誰か、誰か。



 そうやって“誰か”を探して、一年が経過した。

 

 うすうす気づいていた。この街には誰もいない。

 私以外の人間、動物はみんな消えてしまった。


 もう、疲れちゃったな。


 気づけば、ビルの屋上にいた。

 その日は、霧が濃い日だったっけ。


 地面が見えない。これくらい霧が濃ければ、飛び降りる怖さも少しくらい減るかな。

 これで、おしまい。



 私は目を瞑って五階建てのビルから飛び降りた。



 

 「……ん?」


 真っ白な空間にいた。

 へぇ、天国ってこんな感じなんだ。


――ここは天国じゃない。君はまだ生きてるよ。


 「誰?」


 目の前に白髪の少年が立っていた。


 「僕は、まあ名のる程でもない一人の人間だよ。理由あって君を助けた」

 「ふざけないでよ!なんで死なせてくれないの?あの街に居ても何もできないだけだったのに!」


 怒りと悔しさで涙が溢れた。泣いたのなんていつぶりだろう。


 「助けたって言っても僕が直接助けたわけじゃない。君が助かったのは、君の中の力が目覚めたからだよ。僕は君の力が暴走しないように手を貸しただけ」


 私の力?この子は何を言っているの?


 「君の中にあるのは霧を操る力だよ。君が飛び降りたとき街に溢れていた霧が君を助けたんだよ」

 「霧が……私を?どういう意味?」

 「悪いんだけど、あんまり時間がないんだ。手短に要件を伝えると、君にこの世界を救う手助けをしてほしい」


 ますます意味が分からない。この世界を救う?危機的な状況なのだろうか。

 ひとまず聞いてみよう。


「……私は何をすればいいの?」

「まずこれを君に預けるよ」


 そう言って少年が私に渡したのは細長い物体で、すぐにそれは剣を納める鞘だと分かった。

引き抜くと、その剣の形には見覚えがあった。


 「これって……刀?」

 「近い未来、その剣に似たものを持った青年が君の前に現れる。その青年が世界を救う者だ。君はその子の手助けをしてあげて欲しいんだ」

 「わ、分かった。でも、これどうやって使えば…」

 「おっと、時間が来たみたいだ。ごめん、使い方はそのうち分かるよ。じゃあ、頼むよ」

 「待って……」




 道路に横たわっていた。手には白髪の少年から貰った刀があった。

 起き上がって辺りを見回す。ビルのガラスに自分が反射して…

 

 「え!?なにこれ!?髪が」


 黒髪だった私の髪は、新雪のように真っ白に染まっていた。

 それともう一つ。さっきからこちらに何かが迫ってきている。


 「何コイツ……」


 人型の黒い靄がゆらゆらと近づいてきている。味方ではなさそうだ。

 

 突然、鞘から光が漏れる。刀を引き抜くと白い刀身が眩い光と霧が溢れた。私は無意識に人影を切りつける。傷ついた人影は霧散し、消えた。

 

 「本当に……何なのこれ……」

 

 何も分からない。でも、一つ分かったかもしれない。

 刀を持った少年……その子を助けることが、この世界で私が生きる意味。それならまだ人生も捨てたものじゃない。


 


 そして、数か月後。あなたが現れた。

 黒い人影でも、幻でもない。ただの人間。

 高揚した。久しぶりに見た人間。大粒の涙が零れた。私に生きる意味をくれる人。

 ずっと探し続けた“誰か”



 「あなた……だれ?」


 


        *         *        *


 「だから、サファイアには凄い感謝してるの。ありがとう」

 「こっちこそ、キリノがいなかったら俺は死んでいたかもしれない。ありがとう」 


 互いに礼を言って笑い合う。なんだか照れくさいな。

 ところで、さっきから森に霧が立ち込めているんだが。これって霧乃がやっているのか?


 「なあ、これってキリノが出して……あれ」


 辺りを見回すとキリノが姿を消していた。どこに行ったんだ?ひょっとして迷子か?もう、しょうがないなぁ。そこで、動かず待ってろよー。

 って、それはないな。まだ短い付き合いだけど分かる。あいつ、頭いいもんな。


 「だとしても、どこに行ったんだ?」


 「その刀、どこで手に入れた?」


 刹那、男の声と共に紫の閃光が走る。俺は瞬時に刀を引き抜き、攻撃を受け流す。それは光などではなく俺と同い年くらいの紫髪の少年だった。


 「おまえ何者だ?刀を持ってるってことはエメラルドの仲間か?」

 「……どこでその名前を知ったんだ?まあいっか。後で聞きだせば」


 再び少年が攻撃してきた。その刀は目で追うのがやっとだった。なんとか攻撃を防げているが、いつまで持つだろうか。


 「その剣裁き、まだ刀に慣れてないな?じゃ、とりあえず大人しく寝てもらおうか」


 先程とは比べ物にならない速度で紫髪の少年が迫り、俺の首筋に峰打ちをした。


 「……クソ」

 


 「よし。あーあー、こちらメジュア。刀を持った侵入者2人を確保した」

 

 

 

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