第二話 『誕生』
現れた黒髪の青年は、感情のない顔でこちらを見ている。とてつもない圧を感じる。一体何が目的なんだろう。
「お前は何者だ!何故、こんなことをする!?」
「言っただろう、お前たちはこの世界と共に滅亡する。知ったところで数秒後には死後の世界にいる。力だけ差し出して死ね」
彼は冷ややかな声で言い放った。しかし、動けない。反撃できない。コイツに立ち向かったら確実に死ぬ。本能で分かる。
青年が左手を真横に伸ばした、そこに小さいが街の上空に出現した黒い穴と同じものが発生した。彼はそこに手を入れ、左手に三つの灰色の石を取り出した。左手が出終わると、穴は消滅した。
石を俺の顔の前に突き出す。すると、石が青く光だした。
「何?そうか、お前が……あの剣士の力を……ッ!?」
青く輝く石は、まるで青年を拒絶するように彼の手から離れ、粉々に砕けた。
その様子を見て、青年はぶつぶつと独り言を言っている。
「何故力が吸収されない?…力が強すぎて吸収しきれないのか?」
「なんだ!?」
現状に困惑していると、いきなり激しい白い光が辺りを包んだ。その光はトルマリンとその背中で気絶しているフローラを包んだ。光が消えると、二人の姿はなかった。
「トルマリン!フローラ!」
「逃がしたか。忌々しい時の剣士め。だが、時の力が手に入るのは時間の問題だ。お前さえ確保すればこちらの…」
いきなり青年の言葉が止まった。彼が苦しそうに頭を押さえる。次に見た彼の顔はまるで人が変わったようだった。
「サ……ファイ……ア、逃げ……ろ」
青年はそれだけ言うとこちらに向かって手をかざした。俺の背後に黒い穴が出現した。青年は俺を穴に向かって押した。段々と穴が閉じていくにつれて、意識が遠のいていく。
「もしかして」
俺は気を失った。
「意識が戻り始めたか。こいつが余計なことをしなければ、時の器を確保できたものを。早く力を取り戻さねば……」
穴は閉じ、焼け野原となった草原に青年は立ち尽くしていた。手に持っていた刀を納め、先程割れて地面に落ちた青い石を拾い上げた。
「首を洗って待っていろ、時の剣士。この俺がお前の息の根を止めてやる。」
それだけ言い残すと、青年は黒い穴の中に消えていった。
* * * * *
「ん、ここは……?」
目を覚ますとそこは、先程の景色とは打って変わり、天井が崩れ光が差し込む神殿が広がっていた。しかし、先程まで一緒にいた2人がいない。
「トルマリン!フローラ!どこだ?」
――大丈夫、君の妹は無事だよ。安全なとこに送ったからね。それより私は君と話したいな。
知らない女性の声だ。そのはずなのに何故か聞き覚えがある。なんだこの違和感は。
「もしかして、さっきの光はアンタの仕業だったのか?まあ、妹たちを助けてくれてくれた礼は言うよ、ありがとう。色々聞きたいことがあるんだがいいか?」
「どういたしまして。その道を真っすぐ進んでおいで。歩きながら君の質問に答えるよ」
言われた通り神殿の中を歩く。神殿内の壁にはツタや苔に覆われていて、俺が歩いている道以外は水没している。
まず気になるのは……
「アンタは誰なんだ?ここは一体?」
「私は自分の名前が思い出せなくてね。人々からはタイミアと呼ばれていたよ。ここは……まあ、見た通り名もなき神殿だよ。一言で言うなら、“記憶の神殿”かな?」
記憶の神殿……どういう意味なんだ?よく見ると、ツタがないところから壁画が覗いている。何の壁画なんだろう。
「俺たちを襲ったあいつは?あのスペースとかいう奴も何者なんだ?」
「言っていたじゃないか、彼らは異界連合大海帝国メビウス。この世界を支配している国の軍隊だよ。ここはさっき君たちがいた世界とは別の世界なんだ」
スペース《あいつ》が言っていた話は本当だったのか。
いや、それより肝心の事を聞いていない。
「あの赤い軍服の男は誰だ……?」
「彼は滅亡の剣士、ジュエイル・エメラルド・エクステニア」
「やっぱり……そうだったのか……」
タイミアが言った名前には聞き覚えがあった。エメラルド、幼少期によく一緒に遊んでいた幼馴染の名前。数年前に起こったとある事件以来行方不明だったが…
なんでこの世界にいるんだ?
「知り合いなの?」
「ああ、数年前に消息不明になった幼馴染だ。でも、俺が知ってるエメラルドと違う。あいつの名前にエクステニアなんて入ってなかった」
「ああ、この世界の言葉だからね。“エクステニア”、この世界の古代語で“滅亡のもの”って意味だよ。剣士には古代語の名がつけられるんだ。彼はメビウスの剣士の頂点に君臨するメビウス現皇帝だ」
「なに!?」
エメラルドがメビウスの皇帝!?信じられない。あいつが世界を支配?あの優しかったエメラルドが?そんなことあるわけない。
「信じたくないかもしれないが、真実だよ。彼は前の国を滅ぼしてメビウスを建国した。メビウスに限らずこの世界の国は最も強い剣士が王座に就くからね」
「それでもあいつはまるで別人のように冷酷だった。あんな奴じゃなかったのに」
「あれは彼だけど彼じゃない。最初に見た時と君を助けたときと比べるといきなり雰囲気が変わっただろう?彼の中にいるのは滅亡の剣士エクステニアだよ」
エメラルドの中に誰かがいるのか?エクステニアって…
「そのエクステニアって何者なんだ?」
「大昔に封印された最凶最悪の剣士だよ。私も何があったかまでは分からないが彼の体にエクステニアの魂が入り込んだみたいだね。さ、そこの石板の前まで進んで」
広場に出た。そこの床には巨大な石板が横たわっていた。石板に上ると、石板は巨大な時計のようだ。
時計の針にはエメラルドが持っていたものと似た2本の剣がはまっている。
「これって、エメラルドが持ってた剣か……?ちょっと違うけど……」
「うん、それはとある異世界から落ちてきた“カタナ”っていう武器だ。その刀を外せた者は今までいなかった。君ならきっと使うことができる」
「……分かった」
深呼吸して刀に触れてみると、いきなり体の力が抜けた。なんだ、これ。一気に疲れが体に溜まる。眠い。目を閉じれば絶対寝てしまう。
「タイミア……俺は……」
――この刀が時計の針から外れたとき、君は気を失ってしまうだろう。
――君ならこの世界を救うことができる。
――きっと、君なら私が到達できなかった領域に達する。
――サファイア・カラルド、君に世界を託す。
* * * * *
一体どれだけの時間が経っただろう。最初に神殿で目を覚ました時は陽の光が差し込んでいたが、今は月光が差し込んでいて、星空が広がっている。かなりの時間寝ていてのか……
両手の中には、気絶する前に外した二本の刀が握られている。ベルトに差して、紐で固定しておくか。
そうだ、トルマリン達を探しに行かないと……
「ここからどうやって出たらいいんだ?暗くてよく見えないな」
さっきまで気付かなかったが、柱に光石がはめ込まれている。それを外してもと来た道を歩く。
浸水していて近くでは見えないが、さっきは見えなかった壁画をじっくり見てみる。何かしらの文字と武器を持った人々が描かれている。
「……読めないな。一体何の絵なんだろう?」
壁画を見ながら歩いていると、最初に目覚めた場所に戻ってきた。気づかなかったが、道の奥に洞窟と階段が続いている。
あれ、さっき光が差し込んでいたよな?階段は上に続いているのに…ここは地上じゃないのか?まあ、いいか。
上にぼんやり見える光と光石の光を頼りに、階段を上る。長い。一体何段あるんだ。
一時間位経ったかな。出口が近づいてきた。急いで階段を上って、やっとの思いで登り切った。
「はぁ……やっと出られた。ここは森か?でっかい木だな」
出口は森の中にあったようで、目の前に巨大樹の森が広がっている。辺りを見回してみると、木々の間に白っぽいものが見えた気がした。その方向に歩いていくと、森を抜けた。ちょうど日の出時だったみたいだ。眩しい日光に目を瞑ってしまう。
目を開けると、視界に飛び込んだ景色に驚いた。
「は!?」
そこにあったのは広大な廃墟群と
森を出て、廃墟群の中に入る。大きな直方体。これは街……なのか?人の気配が全くないが。にしても、デカいな。自分の身長の十倍はある。この廃墟は何でできているんだ?石に似ているが石っぽくない。それに、道路にあるこの金属の塊はなんだ?車輪みたいなのがついているから荷車の一種なのか?
すると、廃墟の路地裏から人型の黒い靄みたいなのが現れた。
「な、なんだ?なあ、この街は何だ?」
語りかけてみるが返答はない、ただゆっくりと向かってくる。敵意がありそうだ。使い方が分からず腰から一本だけ刀を抜いて、正面に構える。
「住人ではなさそうだな?」
「あなた、誰?」
突然少女の声が街に響く。声の正体を探ると、廃墟の屋上に白髪の少女がこちらを見下ろしている。
「自己紹介してる暇はないか。よっと」
少女が屋上からふわりと飛び降りてきた。彼女の腰にも刀がついている。腰から刀を抜くと刀身から霧が溢れる。その霧が刃のように集合し、黒い靄を切り裂いた。
「ふう、大丈夫?」
「あ、ああ。えっと君は?」
「私は
「サファイア・カラルドだ。助けてくれてありがとう、霧乃」
感謝を伝えると、キリノは頷いてニコッと微笑んだ。
「色々話したいから私の家に来ない?」
「分かった。俺もまだ状況を掴めてないし」
俺の言葉を聞くと、キリノは手に持っていた刀を地面に突き立てたると、地面から濃い霧が発生して、辺りを包み込む。
「キリノ!これって」
「大丈夫、心配ないよ」
二〇秒程経つと、先程の景色と少し変わって、円筒の建物が正面に現れた。
景色が変わると、いきなり雨が降り始めた。
「うわ、急に降ってきたな」
「サファイア、こっちこっち!」
キリノに招かれて、円筒の建物の中に入った。建物内は服が大量に置かれている。服屋なのかな?
棚で囲まれた一区画に入った。棚には布が掛かっていて目隠しになっているようだ。部屋の中は、布団や椅子、机などが置かれ生活感が溢れている。
「ここが今の私の家。本当の家はもっと遠いところにあるから、今はここに住んでるの。お腹空いてるでしょ?その椅子に座って待ってて」
何やら四角い金属の板と水の入った壺のようなものを机の上に取り出した。キリノが摘みをひねると、金属の板から火がでた。
「すごいな!これどうなってんだ!?これでお湯を沸かしてるのか?」
「ガスコンロのこと?ここから燃料をだして火をつけてるの。その上にやかんを置いてお湯を沸かすの」
沸いたお湯を紙っぽい材質の筒の中に注いで、蓋を閉じた。
「さっきはありがとう」
「どういたしまして。それ刀でしょ?どこで手に入れたの?」
「確か神殿みたいなところで……」
駄目だ、疲れたせいか記憶が曖昧だ。神殿で刀を手に入れたことは覚えているが、それ以外のことが思い出せない。
「ごめん、なんか思い出せないや」
「ふーん……まあいっか。さ、できたよ召し上がれ」
蓋を開けると、湯気と共に香ばしい香りが漂ってくる。中に入っていたのは麺だった。机に置かれたフォークで、恐る恐る麺を口に運んでみる。
「美味い!お湯入れて待っただけでこんな美味いものが作れるなんて。魔法か?」
「違う違う。カップラーメンっていうお湯注いだらすぐ食べられるものなの」
さてと、カップラーメンも食べ終わったことだし、色々聞いてみるか。
「キリノはこの世界の人間なのか?」
「ううん、私は確か二年前くらいにこの世界に送られたの。でも街には私以外誰もいなかった」
「俺の世界には空飛ぶ船みたいなのがいきなり現れて、地面にでっかい鎖が落ちてきたんだけど、この世界もそうだったのか?」
「いや、私の世界は突然この世界と合体したの。どうしたらいいか分からなくなってひたすら同じ方角に進んでみたらあの巨大樹の森に辿り着いた」
俺たちの世界はスペースたちがやってきたのに、キリノの世界はいきなり召喚された。
ということは、この世界のどこかにアンドラタウンがあるのか。
そうだ、忘れてた!トルマリン達を探さないと!
「ありがとう、キリノ。俺、兄妹を探しに行かないといけないんだ。またどっかで会おう!」
「待って待って!私も手伝うよ!この世界は何が起こるか分からないから」
「いいのか?迷惑じゃないか?」
「いいよ、どうせこの街に居ても退屈なだけだし」
確かに誰か隣にいると心強い。刀にも慣れてないし。
「そういえば、サファイアの力はなんなの?」
「力?」
「刀を持ってるって事は、何か力があるんじゃないの?私の霧みたいに」
キリノが刀を抜いて軽く一振り。霧の刃が柱に大きな傷をつける。
俺は何の力なんだろう?試しに霧乃みたいに刀を振ってみるか。
「やぁ!」
「……なんか変わった?」
確かに変わった気がしない。なんなんだよ!炎がバーンって出たり、雷が落ちたり、強風が吹いたりするんじゃないのかよ!?
落胆する俺にキリノが驚いた顔で言う。
「サファイア見て、傷がない!サファイアの力は傷を癒す力なのかな?」
柱に近づいてみる。やはり傷はきれいさっぱり無くなっている。柱の隣にあった窓の外を見る。変わらず雨が降り続け…
「分かった……俺の力は……」
窓の外に広がっていたのは、雨の雫が空中で静止している幻想的な光景だった。
「時を操る力だ」
――君に託すよ、私の力。
――その力でこの世界を救って。
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