第一話 『異界からの来訪者』
「……ちゃん、……兄ちゃん、お兄ちゃん!起きて、もうすぐ着くよ!」
なんだか聞き覚えのある声だ。優しいのに、しっかりとした声。
って、何言ってんだ俺。こいつは俺の妹だろ。
「ああ、すまん。おはよう、トルマリン」
「うん、おはよう。アンドラタウンが見えてきたよ」
隣で手綱を引いていた四兄妹の長女、黒髪短髪のトルマリンに起こされた。まだ十六歳なのにしっかりした妹だ、まるで兄妹の母のよう。
“おはよう”なんて言ったが、もう夕暮れ時で、頭のてっぺんで一番星が輝き始めている。辺りは街道があるだけのだだっ広い草原。道の先には、目的地アンドラタウンの光が見える。
アンドラタウンは湖上の浮島に造られた水上都市で、湖からは五つの川が伸びている。
久しぶりに来たけど、相変わらず眩しい。
「お兄ちゃん、二人を起こして、通行手形出しといて」
「分かった。おい、ジェット、フローラ、そろそろ起きろ」
荷車の後ろで寝ていた二人の少年少女を起こす。俺の声に答えて、最初に目を覚ましたのは、黒髪の弟ジェットだった。
「……おはよう、サファ兄。あれがアンドラタウンか!」
寝起きだというのにコイツは元気だ。俺よりも体力が有り余っている。俺まだ十七なんだが?十二歳の弟に負けるとかみじめな気分になるだろ。
とか考えてる内に、ジェットの横に寝ていた
「おはよう、街着いたの?」
「もうすぐだから準備するぞ。」
「はーい……ふわぁ」
あくびしながら眠そうに目をこすっている。この荷車には一応武器も積んでいるんだから気を付けて欲しい。まだ一〇歳なのに体に残る傷なんてできたらたまったもんじゃない。
木箱から金で作られた手のひらサイズの通行手形を取り出した。行商の旅に出る前に、親から渡された物だ。これがあることで手続きが簡単になるらしい。難しいことはトルマリンがやってくれているのでよく分かってないけど…
横の木箱には魚や肉が入っている。この世界には冷気を永遠に出し続ける石など、いわゆる魔石というものが存在している、だから生ものも腐らないというわけだ。よく悪ふざけでフローラがトルマリンの服の中に入れて叱られているが、まったく懲りてないようで、月に一回はやっている。なんとも微笑ましい光景だ。
準備をしているとあっという間に時間は過ぎて、街の入り口までたどり着いた。大きな門で多くの馬車や荷車が長蛇の列を作っている。他の荷車は馬が引いているのに対して、俺達のはエルクと名付けた大鹿が引いている。大鹿はどんな環境でも生存できる珍しい動物らしいが、故郷の近くの森には多くの大鹿が生息していたので、なつかせて旅を手伝ってもらった。
「次の方、この紙に署名と目的をお書きください。通行料は銀貨一枚もしくは手形をお見せください」
「通行料は
「ええ、明日、新国王陛下の戴冠式が開かれるので、各地から人と物が集まってきているのですよ」
そうだったのか。この街まで長旅だったからその話は知らなかった。
「確認しました。皆様、どうぞお入りください。停留所へは役人の案内でお進みください」
街の門をくぐった。この国一大きい街だけあって、かなりの賑わい様だ。街の出店から良い匂いが漂ってくる。あれは後で頂こう。
指定された場所に来るまでに、一〇分くらいだっただろうか。ようやく停留所に辿り着いた。ジェットがエルクに餌をやっている間、俺達は荷車から商品が入った木箱を下ろす。
気づいたらもう夜が更けてきていた。街のランプの光で見えにくいが頭上では一等星が輝いている。
「おい、何だあれ?」
突然通行人の一人が声を上げて、街の上空を指差した。気になって上空を見上げると、自分の目を疑った。
亀裂だ。夜空が迫っているせいで見えにくいが、確かに黒っぽい亀裂が入っている。亀裂からは青っぽい靄が出ている。
亀裂を見上げてから数秒後にやってきたのは、強大な衝撃波だ。吹き飛ばされるほどではないが、心臓まで響くような衝撃波。あまりの強さに目を瞑ってしまう。どうやら街全体に響き渡っているようで、あちこちから悲鳴が聞こえる。
「は?」
衝撃波が過ぎて目を開けてみると、違う意味での衝撃が襲った。
さっきまで星が輝いていた街は、街に入る前の夕暮れ時に戻っていた。しかし、黒い亀裂は残ったままだ。さっきまで見えにくかった亀裂がはっきりわかる。亀裂は街の端から端まで伸びていたのだ。
「お兄ちゃん!何これ、何が起こってるの!?」
「分からない!とりあえず俺の傍から離れるなよ!」
慌てふためく三人をなだめる。
そんな中、人々がさらにざわめく。
「おい、亀裂が開いてるぞ!」
開いた亀裂は街を覆うほどの巨大な黒円を作り出した。青い靄が漂う黒円はまるで空に空いた穴のようだ。
すると、円の中から見たことないほど巨大な鎖が十本ほど降り注いだ。目で追っていくと鎖はどうやら街の外壁辺りに落下したようで、地響きが起こり、俺含めて人々はパニック状態だ。一体何が起こっているのだろう。
「お兄ちゃん、あれ……」
「ん?」
フローラが怯えた顔で上空を指差すので、その方角を見てみると、再び自分の目を疑った。
穴から黒い船の様なものが何十隻と降下してきている。船は金属で出来ているようだが、どうやって飛んでいるのか全く分からない。大砲がついていて、一言で表すとすれば「宇宙艦隊」だろうか。
最後には母艦と思われる巨大な白い機体の船が登場したかと思うと、全ての宇宙船から何かが飛び降りてきた。落ちてきたそれらは人のようだ。全身真っ黒の衣服をまとい、黒光りした鎧がついている。素顔も隠れていて見えず、なぜか体のあちこちに氷の結晶が付いている。
彼らは不気味なほど静かで、長銃を手に持ち立ち尽くしている。まるで兵隊だ。
「な、なんだお前ら!何者だ!?」
丁度近くにあった剣を手に取り、兵隊たちに剣先を向けた。
しかし、兵隊たちは一言も発さず、微動だにしない。
「驚かせてしまい申し訳ありません。我々は皆さんの敵ではございません」
兵隊たちの中から男性の声が響き渡る。出てきたのは兵隊たちと同じ装備だが全身真っ白な服の人物だ。両手に身長と同じくらいありそうな銃剣を担いでいる。銃には望遠鏡のようなものが装着されている。初めて見た。剣は黄金の刃で見たことない形状だ。
「我々はこの世界とは別の時空からやってきたものです」
「別の……時空?」
全く意味が分からない。別の時空って何だろう。
「申し遅れました。私、異界連合大帝国メビウス、氷雪の剣士スペース・プラチナ・エイシニアと申します。どうぞ宜しくお願いします」
スペースと名乗った男はその場に武器を置いて、礼をした。敵意がないことを表しているようだ。しかし、人々は多少気を許したようだが、未だに恐怖に満ちた顔でパニック状態は続いているようだった。
「信じられないかもしれませんが、皆さまがいるこの世界には無限に存在する異世界があるのです。我々はその世界の一部と我々の世界を融合し造られたのが、異界連合大帝国メビウスです」
信じられない…この世界以外に異世界が?いや、いつまでも疑っていたって目の前の状況が証明しているから信じるしかないのか。
俺がずっと考え込んでいると、服の裾を引っ張られた。引っ張られた方を見ると、フローラが不安そうな顔をして俺を見上げている。
「お兄ちゃん、なんかヤな感じがする……街の外に逃げようよ!」
「私もそう思う…逃げるなら今しかないよ」
確かにそうかもしれない、あいつら何するか分からないしな。
だけど、これでいいのか?って迷っている時間はなさそうだな。幸い、スペースはまだ演説を続けているようだし。
「よし、三人とも静かについてこい。バレないように街をでるぞ」
三人が頷いて、後ろをついてくる。どうやら兵隊は広い場所にしかいないようなので、路地裏を通って一番近い門を目指した。門までは走って5分ほど、なんとか間に合ってくれ。
兵隊の目を盗んで、なんとか門のすぐそこまで辿り着いた。すると、急に地面が揺れだした。地震か!?いや、街の地面が動いてる!
揺れで立てない。ようやく大きな揺れが収まって、街の門の外に出られるほどになった。
俺たちの目に飛び込んで来たのは、普段は見えない地平線の向こうまで広がった世界と真下の湖にぽっかり開いた大穴だった。街道に繋がる橋も折れている。
街が浮かんでいるのだ。
「お、お兄ちゃん、これ、どうするの?」
「……飛び降りる」
三人が「え……」みたいな顔でこちらを見てる。だけど、これしかない。今とびおりなければ助かるか分からない。
「俺から飛び降りる。それに続いて一人ずつ下りて来い!」
深呼吸をして下を覗く。人三人分浮かび上がってるだろうか。真下の湖に向かって足を踏み出した。水面に当たったとき多少の痛みはあるがなんとか助かった。
続いてフローラが飛び降りた。迎えに行くと、彼女は半泣きで浅瀬に向かって泳いでいった。
その後、トルマリンも飛び降りた。一番しっかりしているだけあって、何事もなかったかのように浅瀬に泳いでいって、フローラを慰めていた。
「ほらジェットも早く来い!」
「う、うん!」
ジェットが飛び降りようとした次の瞬間、一瞬浮かび上がっていた街が大きく傾き、ジェットが街の奥の方まで転がっていってしまった。
そして、街が穴の中に入り始めた。
「ジェット!そこで待ってろ!必ず迎えに行くから!」
叫んだ。届いてなくてもいい。絶対見捨てたりしない。必ず助ける。
街は完全に消え、そこに残ったのは陸が消えて、水位が下がった湖と、取り残された俺達だけだった。
陸に上がって、空を見上げた。大穴は無くなり、そこに広がっていたのは星空だけだった。
「そんな、ジェットが…お兄ちゃん、これからどうするの?」
「分からない……ジェットはどこに行ったんだ……」
一体どうやってジェットを迎えに行けばいいのだろう。あのスペースとかいう奴の話が本当ならあの大穴の向こうは異世界だ。行く方法なんて見当もつかない。
「ッ!?お兄ちゃん危ない!」
考え込んでいると、フローラに突き飛ばされた。突き飛ばされた刹那、どこからか風のような斬撃が飛んできたかと思うと、近くの岩に当たり、爆発四散した。
辺りは煙と炎に包まれた。
「なんだ!?いきなり岩が爆発した!?」
「フローラ!フローラ!どうしたの!?起きて!」
トルマリンが急に大声を上げたので見てみると、フローラが気絶していた。
かけよって確認すると、幸い、軽い怪我はしているが、気絶しているだけのようだ。ひとまず安心だ。
「無事でよかった。にしても何が起こった?いきなり爆発するなんて……」
ふと炎の方を見ると、炎の中に人影のようなものが見えた気がした。
「誰かいる!」
「え!?」
「誰だ、そこから出て来い!」
その影の見えた方から足音が微かに聞こえる。そして、その足音の主はまるで、炎がそこに無いような立ち姿で現れた。
その姿は、全身を鮮血のような真紅の軍服で包んでいて、軍服の上から多くの胸章がついた黒いコートを着ている。腰には二本の剣を納めるための鞘がついていて、そのうちの一本は、右手に持っていて、純黒の刃の見たことない形の剣だ。スペースの銃についていた剣とよく似ている。
そして、特徴的な翠眼に目元まで伸びた黒髪の青年だった。
「生きていたのか、まあいい。どのみちこの世界は滅亡する」
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