チェーンワールド

コバコウ

プロローグ 『あの日の記憶』

――あぁ、やっとか、ここまで長かったな。


 銃弾、砲弾飛び交う嵐の海に浮かぶ草原、いや、草原だったというべきだろうか。豪火に包まれた草原は原形をほとんど留めておらず、まるで荒野のようだ。上空には黒煙が立ち込め、潮風に乗って流れてきた血の匂いが鼻を衝く。幾千の死体が横たわり、血のレッドカーペットを引いている。

 これほど「地獄絵図」という言葉が似合う景色はそうないだろう。

 青年は血塗られた草原を歩いていく。近くにいた敵兵が血眼になってこちらへ向かってきた。腰につけた鞘から二本の刀を抜き、兵を切りつける。兵は地面に横たわり、血塗られた草原の仲間入り。そんな状況を何十回と繰り返し、ようやく丘の上へ続く階段が目の前に現れた。


――世界が終わる瞬間ってこんなもんなんだな。

 

 階段は丘というよりは崖に近い場所に設けられ、嵐の暴風か、はたまた大砲の爆風か、強風で海へと飛ばされそうだ。落ちたら死ぬのだろうか。死ぬんだろうな。

 力強く地面を踏み込み続け階段を登りきると、そこは折れた柱が何本か立っている大きな広場だった。目の前にいたのは、鮮血の様な真紅の軍服を身にまとい、光を反射しないほど純黒の刀を携えたもう一人の青年だった。


(この世界は、どちらかが死ぬまで終わらない。どちらかが死ぬことで未来は大きく変わる)


 なぜあの言葉が脳裏をよぎるのだろう。もう“あの世界”はどこにもない。今更取り戻せない、そのはずなのに。

 ああ、そうか。きっと心の片隅で期待してしまっているんだ。あいつも、この世界も救うことができるって。


――そうだろ?エメラルド。いつまで寝てんだよ。早く目を覚ませよ。


 互いに向かい合った瞬間、色んな記憶、感情が溢れた。

 これが走馬灯ってやつなのかな?


 「お前を殺し、世界を滅亡させる」


 「お前を倒して、仲間を、世界を取り戻す」


 軍服の青年に向かって走り出した。ただ己の理想の為に、無我夢中で、大切なものを取り戻したい一心で、ひたすら走った。



 刀を振り下ろし青年に触れる刹那、視界全体が真っ白になった。その瞬間はまるで時が止まったようだった。


 「久しぶり、私の代わりにこの世界を託してしまってすまなかったね」


 「まったくだよ、勝手に世界を預けやがって。どんだけ苦労したと思ってんだ」


姿こそ見えないが声だけが確かに聞こえる。その声はまるで鈴の音のように優しく、慈愛に満ちた女性の声だ。


 「君はようやくこの瞬間に辿り着いたわけだけど、これでよかったのかな?」


 「……ああ、もうこれしか道がなかった。俺の選択はどこで間違ってしまったんだろうな。俺の選択で大切な仲間を殺した」


 後悔しても今更だろう。もうやり直しはできない、あいつらは死んでしまった。取り戻すことなんてできない。何のために此処にきたんだ?


 「君、だいぶ心に闇を抱えているね。自分が分からなくなっているのかな?」


 「ふざけんな!俺が!この世界がこうなったのはお前らのせいだろ!?もう何も取り戻せないんだよ!」


 「……そうだね。私が不躾だった。お詫びに有益な情報をおしえてあげるよ」


 「有益な…情報?」


 「もし、“やり直せる”って言ったらどうする?」


 その言葉を聞いた瞬間、胸が高鳴った。もういちどやり直せるのか?今の世界こんな現状にならないように。

 

 「この時間の終点は、世界が終わるまで彼と戦い続け、どちらかの死を迎える。だけど、君に託した力を全て使い果たして、記憶を抹消することと引き換えに始まりの瞬間へ戻ることはできる。だがこの未来を変えられるかどうかは君次第、どうする?」


 それで自分を、仲間を、世界を取り戻せるならここで死んだって構わない。どうせこうなる運命なら、少しでも未来を変えてやる。


 「ああ、それでいい。どうせお前から頼まれたことなんだ。3千年前に成し遂げられなかったことを俺がやってやるよ」


 「いい顔になったね。もう後戻りはできない、一度きりのチャンスだ」


 「おう!任せとけ。じゃ、ちょっと世界救ってくるわ!」


真っ白な世界は消え、再び地獄に戻ってきた。軍服の青年の刀は、肩から胸にかけて振り下ろされ、傷口から血が溢れる。地面に仰向けに倒れ、彼に見下されている。


 「これで終わりか、随分な啖呵を切っていたが、所詮人間の力じゃ、攻撃すら届かないか」


 「……いや、始まりだ。お前を取り戻す、仲間を取り戻す、世界を取り戻すまで、終わらないし…終われない。首洗って待っていろ、滅亡の剣士」


 「死ね。時の剣士」


彼の刀は、俺の心臓を突き刺し、遠くへ去っていくのが見えた。

これが俺の最後の記憶。

そして…










俺、サファイア・カラルドは死を迎えた。



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