ボケカス

邪下心

ボケカス


「あのさ、愛美、そろそろ進路決めないととんでもない事なるよ」

学校に行く前、母から言われた言葉が頭から離れなかった。とんでもない事ってなんだろ、富士山噴火よりやばい事?

私は高3の夏になっても就職なのか進学なのかすら決まっておらず、燻っている社会不適合者の高校生。

よく大人が、高校生が社会不適合者を自称するなんて馬鹿げてると言うがそれは間違いだ。

子供の社会は大人には決して分からない、この社会で上手くやれなかった者達は大人になっても結局上手く生きていけないのだ。たかが環境が少し変わったぐらいで適合できるようになれる訳ないじゃん、転生モノじゃあるまいし。

私たちが普段生活しているこの教室は社会以外の何物なんだろうか。大人は分かってくれない。あとついでに、2人グループ作ってって言われた時に1人でポツンと余ってる私の気持ちも分かってくれない。


そんな事を思いながら教科書に隠れて弁当を食った。卵焼きが甘くて美味しい。卵も喜んでる。なんでバレないんだろ。教科書無しで食べても咎められない気がしてきた。今度そうしてみようかな。


放課後、進路で悩みに悩んだ私は進路相談室のドアをありったけの憎しみ片手に37564回叩こうと決意した。大体25回ぐらい叩いたところでお手本のような焦った表情をした進路担当の森川が出てきた。

森川は私を見て、なんだお前かと微笑んだ。もうちょっと早く来た方がいいと思う。


森川は去年来た先生で、翁と嫗しかいない我が校に華を添える存在となった。勿論女子にモテモテだし、サッカーが上手いので男子からも一目置かれている。あと校長先生の話の時は常に船を漕いでいる。マヌケだが何処か憎めない、それが森川。


「先生、うち何もしたくない」

進路相談室の椅子に座ってそう言うと、森川は椅子を引きながら、

「俺はお前をどこにも行かせたくないけどね」

と的はずれな返答をしてきた。無性に腹が立ち、ボケカスと呟いてその日は進路相談室を後にした。廊下を行く私の足取りは重たい。進路が決まればもっと気楽に歩けるのかな、それこそ、羽が生えた様な?

入学式で校長先生が皆には羽がついてる、何処にでも行けるみたいな薄っぺらいおとぎ話をしていたのを思い出した。校長先生って凄い、あんだけ長く生きてるのにスレてない。私は18年生きただけでスレにスレているのに。校長先生は若者皆に可能性があって自由に羽ばたけるんだって信じてる、世界一ピュアだ。

そう思うと、校長先生がなんだか可愛く思えた。そして、そんな校長先生の話を船を漕ぎながら聞いてた森川に腹が立ってきた。ちゃんときけよバカ川。ありがてぇお言葉だろ。



私が進路相談室を襲撃した日から何日間か経った。教室では私どこどこに決まった〜、やっぱここの大学に行く〜という会話が聞こえてきたのでAirPodsで耳に蓋をした。音楽も聞けるし嫌な事から耳塞げるし、ホント便利なうどん。

進路が決まっていく同級生を見ていたらなんだかとても嫌な気分になって、全生徒分の求人票を職員室から盗み出して校庭で野焼きしていたら

「すっげぇ燃えてんじゃん」

と森川が話しかけてきた。いつの間にここに居たんだろう、というか教師なら野焼きしている生徒を止めた方がいい。野焼きって、良い事ない。法律で禁止されてるし。

そういえば、今自分が法を破ってるって自覚があるのに、どうしてこんなに他人事みたいな気分になれるんだろ、進路が決まらないからかな。

燃え盛る炎の影が森川を覆った。

私はなんだかいたずらで大人の気を引く幼子みたいな気持ちになっちゃって、

「金メダル噛んじゃった時の河村たかしみたいだね」

と誤魔化すように言った、すると森川は無骨な指で私の顎をクイして

「かわむらたかし、かしたらかむわ…」

と何処ぞの青い鳥達の呟きで見た事ある言葉を零し、私の顎に噛み付くようなキスを落とした。

「キスする時は出してよ」

森川って、こんな顔してたっけ、私と年齢はそんなに変わらないはずなのに、幾分も大人に見える。

「何を?」

森川は惚けた顔で言った、幸せそうな面してんなこいつ。

私は焼けカスを人差し指で摘んで、

「緊急事態宣言」

と、テキトーに呟いた。焼けカスは、所詮カスでしかないのに、5秒も掴めない程熱かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ボケカス 邪下心 @yumen1451

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ