四話 才ある者
真っ白な入道雲が沸き立ち、北部であっても日差しが強くなってきた夏の中旬。
ネイは昇級条件を満たされ、昇級用依頼が発注された。しかし、予定していた貯金額より銀貨20枚程増え、そろそろ街を離れようと考えてもいた。
幾許か悩んだが、面倒ごとは早めに終わらせるのが吉と考えて昇級依頼を受けることにした。
依頼内容はウォルトから西に歩いて六刻かかるムーヌの森に住み着いた緑縞大蛙の番の討伐だ。
ムーヌの森近くの街道は魔除けの祠が設置されていないため正道ではないのだが、ウォルトの西にある男爵領と繋がるため比較的交通量が多い。
そして、子を産み落とすために栄養を求めている緑縞大蛙は街道を通る人々を食い散らかし、多大な被害をもたらしていた。
ネイにとっては造作もない依頼。
但し、この依頼は昇級を控えている他の冒険者パーティと共に依頼を受ける必要があった。
「過去に一度昇級に失敗し、二ヶ月前から昇級依頼を待ち望んでいたパーティが現在ウォルトにいます。ネイ様には共に昇級依頼を達成していただきたいです」
「1人では受けれないんですか?」
「貴方に至っては、主に協調性を確かめるための試練です。有事の際に誰かと共に戦わなくてはいけない時があります」
「なるほど」
ネイに冒険者業を今後も続ける気はない。しかし、昇級依頼は承諾してしまった。
──面倒だが一日、二日くらいは我慢するか。
後日、早朝にギルドの個室に一同が集まっていた。パーティは4人であった。
1人目は背は六尺程で、茜色の短髪に象牙色の肌の男前。直剣を帯びていることから戦士だと想像がつく。
2人目は大柄な身体に防具を着込み、魔鉱石が嵌め込まれた鉄製の大盾を持つ男の戦士。つぶらな瞳に角張った頬が特徴的だ。
3人目は焦茶色の長髪を後ろで団子に纏めた気の強そうな女。傷の無い焼けた肌に整った容姿。剣を持っていることからして女戦士であろう。
4人目は肩にかかる程の薄い小麦色の髪の気の弱そうな可愛らしい女。魔術の媒介として使用する杖を持っていることから術士だとわかる。
横一列に並ぶ4人を眺めていると、茜色の髪の戦士が一歩前に出る。
「はは、噂通りの黒面だね。名はアロンソだ。冒険者パーティ『四光の矢』のリーダーを務めている。よろしくな」
「東からの流れ者 ネイです。よろしくお願いします」
「うん。じゃあ軽くメンバーを紹介するよ。この大盾持った大男がロッカ。こっちの杖を持った女の子マヤネが。剣を持ってる方がアルリエだ」
「はい、どうもよろしく…お願いします」
軽い自己紹介と挨拶を交わして、依頼について詳しいことはムーヌの森に向かう道中で話し合うことにした。
5人は西の城門を出て街道に従い歩く。
「ネイ君さえ良ければ、お互いの技能を把握しておこうとう思うんだが」
「いいですよ」
「おれは見ての通り戦士だ。一刃流 三階梯。
術は使えないが、魔力で身体を強化することはできる」
「おではタンク。西遁流 三階梯」
「わたしは…剣士かな。一刃流 四階梯よ。身体を強化することはできるわ」
「わ、わたしは魔術士です。水術を三階梯まで修めています。剣は苦手です」
「僕は…術も剣もそこそこ使えます。観測術も使えます。得意な術は風術、雷術。剣は幾つかの流派を修めてます」
ネイは納めている技能を少し誤魔化しながら言う。
「二つも術を…、わ、魔術師の私の立場があ…」
「マヤネの水術は私たち頼りだわ、それにしても曖昧な説明ね。能力を隠したいのかしら」
「まあ、いいじゃないか。ムラウさんを倒したのだし実力は確かだ。」
少しはぐらかされた説明に皆が訝るが、個人の冒険者には能力を明かさない人は多い。
皆、それ以上は踏み込まなかった。
休憩を挟み軽く雑談をしながら6刻も歩き、道を逸れるとムーヌの森が見えてくる。
森に入る前に一息つき、会議をする。
「いろいろ話すことがあるが陣形を軽く決めよう。おれとロッカがいつものように前衛に出る。アルリエは中衛に控えて遊撃。マヤネは後衛。ネイ君は…どうしたい?」
「僕は観測術が使えるので斥候として誘導します。戦闘時は…基本的にアルリエさんと一緒に遊撃にまわります」
「うん。それがいいね! じゃあ、討伐対象の話をしよう。縞大蛙は森の中腹の沼地を巣にしているらしい」
「そうね。でも沼地での戦いは避けたいわね。足が沼にとられるわ」
「近くに餌を置いて沼から引き摺り出しましょう」
「いい案ね。賛成だわ」
「わ、私もです!」
「んだ」
「じゃあ、そんな感じで!」
ネイはアロンソのこの軽さはリーダーとして不安を覚えるが、嫌な奴ではないだけマシかと考え、気持ちを切り替える。
「じゃ、給水したら森に入ろうか」
森の沼地の場所はギルドから事前に伝えられている。森の西の中腹。
ネイは方位磁針を頼りに西部へ向かいながら地に魔力を流して観測して、面倒な魔物を避けつつ進む。
森が少しずつ深みが増してくると、避けされない魔物の気配を観測する。
「直線、距離一町程に魔物が。迂回した道にも違う魔物が潜んでいます。どうします?」
「魔物は何だい?」
「僕の観測術にそこまでの精度はありませんが、魔力がそこそこあるため鬼種ではないです」
「そうなると、爬虫類か虫類かしら。どちらにしても目視で確認しないとね」
一行は暫く直線に歩くことにした。
すると、ネイが突然匂いを嗅ぎ始める。
大木の根元に土が盛り上がりを見つけ、軽く穴を掘ると大羽飛蝗が食い千切られた死体が見つかる。
「おそらく蜥蜴でしょう」
「何故この死骸でわかるんだ?」
「食べ跡には蜥蜴の歯型と特有の匂いがあります」
「なるほど! ネイ君の索敵能力は凄まじいな」
「しかし、蜥蜴にしても種類は多くあるわ」
「うーん。しかし、蛇や蜘蛛、蜂じゃなくて良かった。敵が蜥蜴ならこの道が正解だろ」
「そうですよ!私達だって蜥蜴は倒したことありますし」
「ほらマヤネもいけそうだし、先に進むか。行くぞ皆」
一行が先に進むと、森の木陰に蜥蜴が佇んでいるのを目視できた。
体長は二十尺程、薄い橙色の背中には大針があり瞳は紅い。
「針山蜥蜴ですね」
「そうだな。迂回していたら日暮れまでに蛙を仕留められなくなる。やろう」
一同は頷く。
蜥蜴は視野が狭いため、死角には簡単に入れる。
ネイが先導をしながら森の木陰に隠れ攻撃位置に着く。
アロンソが攻撃開始の合図を出し、マヤネ以外の皆が一斉に飛び出す。
マヤネは蛙との戦いに備えて温存することになる。ネイもできる限り魔術を温存してくれとのこと。
しかし、針山蜥蜴がこちらの気配を気づく。蜥蜴は素早く背を盛り上がらせ針を飛ばす構えをする。
ロッカはそれに気付き大盾を構え、アロンソはロッカの背後に隠れる。
しかし、アルリエは少し離れた場所におり、ロッカより前に飛び出しすぎていた。
ネイはこのままではアルリエの身体の何処かしらに針が当たり致命傷に繋がると考え、アルリエの目の前に飛び出す。
背から放たれた何十本の針は高速で迫り来る。
ネイは曲芸の如き剣技で迫る針一つ一つを丁寧に叩き落とす。
「針が打ち止めだ!」
アロンソが叫び、突進しながら腕から剣へと魔力を流し込む。右側面から迫り来る蜥蜴の尾を避けつつ、剣を振り上げる。
アロンソは一刃流の中伝の技『山断ち』の構えをする。左足を大きく踏み込み、剣を頭の後ろへ振り上げる。
「はぁぁああっっ」
大きく振り上げれた剣に魔力を乗せられ、ぶれることの無い一振りが蜥蜴の胴体を半斬りにする。
完全には切り落とせない剣技。彼が三階梯たる所以だろう。
悲鳴をあげて逃げ始めた蜥蜴はネイの剣によって首と胴体を半分にされた。
「ふぅー。ちょっと危なかったな」
「んだ」
「その、ネイ君ありがとう。君が守ってくれなかったら命が危うかった」
「いえ」
「あのネイの剣捌き、見たか? ネイ本当は手が6つあんのか?!」
「大蜘蛛じゃないんですから、手は2本ですよ」
「私にもあんな剣捌きはできないわ」
そんな悔しそうに呟くアルリエにアロンソが揶揄う。
「いやいや、アルリエどころか金等級の奴でも難しいだろ」
「喧しいわね。貴方はいい加減『山断ちやまだち』を完成させなさいよ! それだからいつまでも三階梯なのよ」
「三階梯でも俺はドジを踏みませ〜ん」
「この馬鹿リーダー」
「これで術も使えるんですよね。私の立場が、立場がぁ…」
「マヤネは優秀だ。おらと違って。気にすんですねえ」
ネイは森の中で騒ぐ4人に呆れ顔になる。
「…早く沼地に向かいましょう。無駄話してるなら置いてきますよ」
「おい、待ってくれよ」
一行は更に森の奥へ進む。
観測術で魔物を迂回し、矢が通る魔物は痺れさせ動きを封じている間に縄張りを通り抜けた。
歩みを続けると土壌の水分量が増え、足が少し埋まるようになる。一寸先には水溜りがちらほら。
「沼地が近い証拠だな」
「この辺で獣を狩りますか?」
「そうだな」
ネイが観測術で獣を探し、見つけ出した北蒼鹿を矢で仕留める。
ロッカが北蒼鹿を肩で担ぎながら、沼地まで向かう。道中、観測術を使用すると番の蛙は一匹しかいない。
それはネイ達にとってそれは好機であった。
直様、皆で作戦を考えて実行する。
沼地の手前で北蒼鹿の腹に切れ込みを入れて出血させる。血の匂いをネイが『風術』の微風で沼地に送る。
すると沼から23尺程の緑縞大蛙が飛び出してくる。匂いに釣られて一直線に此方へ向かう。
マヤネは草陰で待ち伏せ術の準備をしていた。練り上げられた魔力が水流の網となって飛び出る。
「『水々網』」
緑縞大蛙は手脚を大木を縛り付けられて動けず、胴体だけのた打ち回る。
ネイはその隙を見逃さない。
常時練り上げていた魔力で瞬時に術を繰り出す。
「『雅羅槍』」
周囲の風が暴れ出し空気を凝縮し始め、長槍のように形取る。出来上がった2本の風の長槍は勢いよく加速して蛙の眼球から体内にかけて貫く。
怒り狂う緑縞大蛙は十尺程の長い舌で暴れ、口腔に溜め込んだ毒液を吐き散らかす。
「『風纏』」
ネイはすぐに風術で生み出した軽風で吐き出される毒液を捌き始める。
そこに二人の一刃流の剣士は中伝を放つ準備をする。
息を吸い込み剣を大きく振り上げ、力を溜める。
魔力を乗せられ重みが増していた剣を制御して、左足から踏み込み振り翳す。
『山断ち』『山断ち』
緑縞大蛙の身体は綺麗に三等分され、体液を垂れ流しながら絶命した。
「さいあく。腕がベトベト」
アルリエは腕について黄色味の強い体液をマヤネから水を出してもらい布で拭いている。
「上手くいったな!」
「おらの出番なかった…」
「まあまあ」
この瞬間誰もが気を緩めていた。
そんな中、勢いよく違う個体の緑縞大蛙が泥の中から迫っていた。
飛び出してきた一際巨大な緑縞大蛙は番を殺されて怒り狂い、近くにいたアルリエに突進しようと試みる。
アルリエは身体を拭いている途中で剣を持っていない。それを見ていたロッカが衝突する間に入り、大楯で突進を防ぐが止めきれず吹き飛ばされる。
「うっ…ぐ」
突進を僅かに止められた蛙は大きく飛び跳ねながら口腔から毒液を撒き散らし始める。
アロンソやマヤネ、アルリエは毒液を避けるのに精一杯。
ネイは咄嗟に『風纏ふうてん』で風の壁を作り上げて毒液を捌くことを優先する。そして、口内の毒が失くなる瞬間は見計らい、剣を抜いて一気に魔力を右腕から剣先まで流し込む。
凄まじい速度で蛙に駆け寄り、左足を踏み込み放つ。
一刃流中伝。『山断ち』
放たれた『山断ちやまだち』はぶれ一つ無く緑縞大蛙の胴体は二つに割り、大地をも深く抉り取る。
「あれは山断ち!? 使えたの?!!」
アルリエはネイの『山断ち』に唖然としながら絶命した蛙を見下ろす。
「いやー。危なかったな、流石に油断していた」
「んだ」
一同は危機一髪の恐怖が抜けきらず、長い間沈黙しながら2体の蛙から魔生石と水掻きを剥ぎ取る。
帰路の道中暫く無言になり、森を抜け、街道手前で休憩を取ろうとしたが日が暮れてきたため、野営をすることにした。
各自が野営の準備し始める。ネイとアルリエは薪集めのために森の少し手前まで向かい、拾い終わると野営地に戻っていた。
何か思い詰めた表情をしたアルリエが口を開く。
「ネイ君は今何歳だっけ?」
「14ですね」
「そっか…」
「歳がどうしました?」
「くだらない話よ…。まあ、聞く?」
「ええ」
アルリエは満天の星空の中、ぽつぼつと哀しげに呟き始めた。
「私はね、11の冬から剣を持ち始めたのよ。
きっかけは兄が街道で盗賊に殺されてね、強くなって復讐してやろうとか考えてたの。
それで父が一刃流の道場を開いていたからさ、寝る暇惜しんで毎日剣を振ってきたわ。
見てこの手と肩。全然女らしくないわ」
アルリエは手の平を見せる。その手は幾つか剣だこがあり、皮膚は硬く力強さを感じさせる。
「でね、結局兄を殺した盗賊達は騎士様に処刑されたの。でも、私は剣を振り続けたわ。
私は剣が好きだったの。振っているだけで心が洗われた気分になって、日々進歩する自分に満足していた。
けどね、いつしか壁にぶつかり始めたわ。凡夫の限界点かな。
14年振り続けても三階梯止まりで、四階梯に上がれたのもつい最近。やっと『山断ちやまだち』をできた時は一週間は嬉し涙を流したわ。
でも、四階邸に昇階してからは絶望したわ。五階梯の壁は私が何十年も剣を振り続け、超えれるか分からないくらいに高い…。
そんな中、貴方の『山断ちやまだち』を見て心の剣が折れたわ。ポッきりとね…。
あの『山断ちやまだち』は父のよりも美しく剛剣だった。悔しくて堪らないけど、私が一生辿り着けない領域だわ」
「その、すいません…。突然だったから直前に見た剣技を振るってしまいました」
「謝らなくていいわ。私が惨めになるから。まあ、救ってくれたのは本当に感謝してるの。ありがとう」
「いえ。後その、僕も剣を握って8年になります。一応言いますが、確かに才は幾分あると思います。けど、努力は怠っていませんでしたよ」
「ふふ。幾分ね…」
2人は野営地に着き、何事も無かったように皆で火を囲う。
彼らとの心の壁が無くなったネイは仮面を外して共に飯を食う。
「お前、そんな綺麗な顔してんだな」
「せめて顔は不細工であって欲しかったわ」
「御伽話の王子様みたいです」
その後、談笑し依頼達成を祝った。
翌朝一行は帰路の着く。昨日の疲労によって足取りは重く、口数も少ない。休憩を挟む間隔も短くなる。
皆が黙り込み歩く中、アルリエは一人物想いに耽ていた。
アルリエはネイの歳と同じ年数、剣を振り続けた。14年は魔人族や森人族でも長い年月だ。
ましてや人族のアルリエにとっては青春時代の全てを剣に費やしてきた。
冒険者となり容姿の美しさから金持ちの男に求婚されたこともある。そんな、浮ついた気持ちを抑えて剣術に励んできた。
費やしていた時間と比例して後悔も大きくなる。
「誰かと婚姻だけでもしとけば良かったかもな…。はあ」
アルリエの独り言を近くにいたアロンソが拾う。
「なんだ結婚したかったのか?」
「まあ、今となってはね…。女の幸せって言うし」
「そうか、そうか」
アロンソは暫く考え込み、意を決したように言う。
「じゃあ、俺と結婚してくれ」
「はあ!? あんたと私が?」
「ああ。おれは元々お前を好いているし、その…、この依頼でお前の危機は沢山あったろ? そんな危険な時はおれがお前のことを守ってやりたくなったんだよ」
「あんた私より弱いじゃない」
「これから頑張るんだよ、駄目か?」
「あんまり女らしくないわよ、私」
「そんな事前から知ってる、って、おい。脛を蹴るな」
「本当に私でいいの? あんたモテるじゃない」
「お前がいい」
アルリエの胸が高鳴り、顔が朱に染まる。頬を掻きながら照れ臭そうに呟く。
「まあ、悪くないか…。じゃあ、これからもよろしく…ね」
「おうよ」
2人はどちらからともなく腕を組み始める。
幸か不幸か剣を諦めた女に思わぬ幸せが訪れ始めたのであった。
5人は歩き続け、昼過ぎにはウォルトの街に到着し、ギルドに依頼達成を報告。銀等級に昇格し再び祝い酒を煽り合い、朝まで飲み続けた。
龍祀る民のネイ dub侍 @dubzamurai
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