三話 令嬢の悩み


*ルルカナ視点



 わたしはルルカナ・オルブライトと申します。


クレモルト王国北部オルブライト辺境伯爵家の長女として生を亨け、下には弟が2人おります。


オルブライト辺境伯爵家は貴族の中では特段自慢できる家系ではございませんが、長年に渡り北の国タスベニアから侵略を防いできた実績があります。


それは単に騎士達の研鑽と忠誠のお陰です。

北部の領地はクレモルト王国内では田舎で貧しく、王都でのパーティーなどでは肩身が狭く感じることもあります。


それは仕方のないことなのかもしれません。



かつて我が領民達には農業をやらせていましたが税を納めれない人が多かったようです。


わたしが6歳の頃には大寒波により一部の村内で人が人を殺して食べるという前代未聞の事件まで発生したのです。


当時、幼かったわたしは何も理解していませんでしたが、これは凄惨な出来事でしょう。



お父様は苦肉の策として、木製の犂や耕作用の地均し器などの農具、机、椅子など、手工業などを領民に行わせて、何とか領民から税を徴収していました。



 しかし、オルブライト辺境伯爵領は2年前から激変致しました。

領内のアルガスト山脈から銀鉱脈が見つかったのです。

これを発見を契機に父は大忙しになり、領内は発展してきました。



これで王都の貴族の方々の前で胸を張って歩けると考えておりましたが、会う方々は皆嫌味、嫉みを口にするだけでした。


パーティ中に涙を流したことは今でも思い出します。


私が単に王都の方と合わないだけかもしれませんね…。



それでも領内にいる時は幸せです。

家族は仲が良く、騎士達は皆優しく信頼できる者ばかりです。


父と母は他の貴族の家庭と違い一夫一妻で結婚して15年経ちますが、仲が良く微笑ましいです。


私も一夫一妻に憧れていますが、他家に嫁いだら叶えるのは難しいのでしょう。


兄弟とも仲が良く、大人しい長男と暴れん坊の次男、わたしにとって可愛い弟達です。


今後、当主争いにならないことを切に願っています。



それに領内が発展するにつれて、民達に笑顔増えていました。


私はこのことが堪らなく嬉しいのです。



 そんな幸せな日々を過ごしていると、お父様が今年の春過ぎに体調を崩し始めました。


最初は激務による疲労かと思い放置していましたが、体調は日に日に悪化してきました。


薬師に診てもらうと臓器の病だと言われ、治すのは難しいとのこと。


私を含めた家族、忠臣達は皆悲しみ泣きました。


しかし、私は諦めませんでした。

帝都から高名な薬師を呼び、再び診察してもらいました。


結果は同じでしたが、救う手立ては幾つか残されていると言われました。


1つ目は大抵の病を治すと言われている紫華花を擦り潰し乾燥させた薬。


2つ目は森人に伝わる万能な霊薬。


森人達は滅多に人の世に姿を現さないないため霊薬は諦めていましたが、紫華花は東の白龍山脈の手前の森に発見されたと記録がありました。


冒険者を雇おうにも皆白龍山の森には近づきたくはないと言います。


仕方なく意を決して、わたしは騎士達を引き連れて森に向かうことにしました。



紫華花があるかどうかも定かでは無い危険な場所に騎士達を向かわせて、わたしが赴かないのはオルブライト辺境伯爵家の長女としての誇りが許さなかったのです。



よく考えてみれば、大変迷惑で恥ずかしいものです。

遠く険しい道のりで足手纏いになり数名の騎士を亡くし、紫華花も見つからないなんて。




しかし、唯一嬉しかった事があります。

それは彼との出会いです。



ネイ様。


最初はその怪しさに溢れた風貌に驚きました。



しかし、面を外すと美しい姿でした。

雪色の少し長い髪、切れ長で杜若色の大きな瞳、端正な顔立ち。


貴族の令嬢達が好きな品がある容姿です。

社交会に行けば、多くの女性に従者にしたいと声が掛かるでしょう。



背は5尺5寸程、少年と青年の間のような少し華奢な身体。


そんな身体付きからは信じられない腕力がありました。

転倒した馬車を1人で持ち上げたのです。



さらに、姉妹のように育ったマリアの深傷を治癒術で治し、嫌々ながら森を案内していただきました。



無愛想ながら人の頼みに断れない優しい性格なのでしょう。



そして、あの恐ろしい大蜘蛛が現れた時はわたしも含めた皆が死を覚悟しました。



その恐ろしい様相のあまりに僅かに失禁してまったのは一生の恥です。


そんな大蜘蛛を目にも止まらぬ剣筋で大蜘蛛を切り刻んでいました。



あの時の彼の背中は生涯忘れないでしょう。


返り液も浴びずに、何食わぬ顔をしていた彼が英雄にしか見えませんでした。


わたしが彼を従者にしたいと考えるまでは時間を要しませんでした。


いえ、この言葉は間違いですね…。


わたしは彼を従者以上に彼を抱いていました。

まだ恋では無い…はず。でも、たった5日程で彼に強い感情を持ってしまうなんて。


自分が軽い女ではないのか疑ってしまいます。



彼が魅力的なのは事実です。

同い年だけど頼り甲斐があり、少し無愛想だけど彼の優しい眼差しが好ましくありました。



貴族の同い年の馬鹿達とは大違いです。


あの男に興味がないマリアでさえ、少々惚けていました。


彼とは別れてしまいましたが、いつか再びお会いできることは願っています。



 そんな浮ついたことを考える前に、わたしはやるべき事が多くあります。


お父様を救う手立てを考えておりますが、一向に見つかりません。



一体どうしたら良いのでしょうか…。



******



 ルルカナが想いに馳せる頃、ネイは冒険者として活動を少しずつ進めていた。


多少目立とうとも、街を変えれば好奇の目も消える。金を稼ぎ、直ぐに次の街々へ赴くつもりでいた。



受注した依頼は茶豚鬼の討伐。

北部にいる茶色の豚鬼だ。


鬼種に分類される魔物は依頼量が多い。鬼は餌が無ければ森に留まらず人里に赴き、荒らす。


小鬼は人里で女を嬲り、男を食す。

豚鬼は人を生きたまま食す。

大鬼は余り見かけないが、魔を率いて都市を襲ったこともある。



そのため、鬼種定期的な依頼が必ずあり、巣などが発見されたら必ず討伐隊が編成される。



ネイはウォルトから歩いて二刻程にある森で茶豚鬼4体を討伐し、証明となる左耳と魔生石を得た。


これは銀貨24枚分の稼ぎとなろう。


だが、これでは旅を暫く続けるには些か少ない。

とりあえずの目標は金貨1枚と銀貨50枚。



次期に日が暮れ始める。

休憩をして重くなった腰をあげる。



 ──あと一体狩って街に戻るか。



魔力は地に流し込み、蜘蛛の巣のように行き渡らせる。半径にして二町程の長さだ。


それを数度繰り返し、幾つかの魔物の生命を感知する。


その中でも一際魔力は少なく、生気に満ち溢れた魔物を見つける。



 ──当たりだ。



 臭いに敏感な魔物であるため、風下から遠回りする。茶豚鬼が棍棒を持ちながら歩く姿を目視で確認すると、大木の枝上に伏せながら弓を構える。

弓は白龍山の中腹に聳え立つ緑門橅から弧を作り竜髭と麻で弓弦を張ったものだ。


そして、鉄の矢尻を麻痺毒の小瓶に浸す。


片方を閉じて右手で狙いを定めながら、矢の速度を上げるために風術『風見鶏』を唱える。


弓弦から手を離し、勢いよく飛び行く矢は豚鬼の首に刺さる。

声もあげずに全身が痙攣していく。


ネイはその間に豚鬼の首を両断し絶命させ、魔生石を体内から抜き取る。



豚鬼は死体は直ぐに異臭を放つため、魔物が近寄ってくる。左耳を切り取りその場を後にするのであった。



 冒険者ギルドに到着する頃には日は完全に暮れていた。中に入ると何時ものように荒くれ者達が騒ぎ、酒を豪快に飲み合っている。


銀等級を打ちのめした仮面の若き青年は冒険者達の好奇の的であったが、一週間も経つと噂は収まっていた。


稀に街角で絡んでくる痴れ者もいたが、ネイは軽くあしらっていた。



「こんばんは。定期依頼の豚鬼の討伐の確認お願いします」

「はい。承ります」

「お願いします」


ギルド受付で討伐証明の魔生石と左耳を背嚢から取り出し、卓上に置く。受付嬢が鑑定所に持っていき、暫く待つと報酬の銀貨30枚を渡された。


「このペースだと月末には銀等級に昇級すると思われます」


「そうなんですか?」


「はい。豚鬼は銅等級依頼ですが、五人以上のパーティを推奨しています。それに1日で5体も狩る人は金等級の方くらいです」


「なるほど。少し派手に動きすぎていたのですか。ていうか、昇級条件って何なんですか?」


「機密なのでお答えできませんね。しかし、昇級には必ずギルド独自の依頼達成が必要です」


「ええっと、条件達成した冒険者が指定された依頼をこなせば昇級ってことですか?」


「仰る通りです」


「なるほど。わかりました」



 討伐報告を終えて、一度借宿に戻る。

顔を隠しているため、気軽に外で食事してたら隠す意味があまりない。


外套を脱ぎ、仮面と頭巾を取る。

肩までかかる雪色の髪を後ろで縛り、再度外を出る。


 ──ウォルトの夜は綺麗だな。



 夜はは一度も行ったことの無い西側の歓楽街に赴くことした。確たる目的もなくぶらぶらと歩くと、赤魔鉱石の魔灯の光が少し怪しげに照らされている。

石畳の道の沿いには飲食店や賭博場、怪しげな店が並び、荒くれ者や戦士、節操が無さそうな者がばかりいた。


歩いていると怪しげな店前に立つ妖艶な女の人に話しかけられる。

紫色に髪を染め上げ、胸元を大きく開けたドレスを着ており白肌が目立つ。


「ねえ、君。お金持ってる?」


「いえ、大して持ってません」


「ええ、ほんと〜。残念。ハズレか。凄い綺麗な顔だし、気品があったからこの辺の店に遊びに来た坊ちゃんかと思ったよ」


「すいませんね…。この店は何をやってるんですか?」


「あはは。分からなかったのね。此処は娼館よ」


「娼館って、お金払ってあれをする場ですよね?」


「あれって…。まあ、そうよ。えっちなお店よ」


「な、なるほど。僕は今お金が無いので。また今度お願いします」


「今度ってなによ。まあ、機会があったらまたね。私レミールって名前でやってるからさ、よろしく」


「はい」



 ネイは初心な男であった。


里では全く恋愛をしていない。婚約を義務付けられた者がいたため、仲の良い女性関係は少なく、そのような事をする間もなく出てきてしまった。



 娼館から溢れ出る甘美な誘惑とお香の匂いで熱に浮かされた頭で歓楽街を歩き続ける。


お腹が空き始めた頃には熱は冷め、色香は忘れ始めた。



 大通りを少し外れた道を通ると、小ぢんまりとした古びた建築模様の飯屋を見つける。


食欲を唆られる匂いに釣られて店前まで足を延ばし、看板を見上げた。


「カナリア亭か」


外から様子を伺うと余り人がいなかった。


ネイはのんびり飯が食えそうだと考え中に入ることにした。

店内に入ると可愛い小麦色の髪の給仕の女の子にカウンターの席に促され、木版のお品書きを渡される。


 ──品が全くわからないな。


カウンター前で料理人の中年のおじさんに品を聞いてみることにした。



「すいません。この狩人の煮込みって何ですか?」


「甘藍の酢漬けを基に腸詰なんかの肉と茸、赤葡萄酒と香辛料で数日煮込んだもんだ」


「んー。この辺の夏は涼しいけど。煮込みか」


「なんだ坊主、不満かあ?」


「不満じゃないですけど。あっ、このウォルト餃子ってなんですか?」


「これはな、昔あった東の国の伝統料理、餃子をウォルト風に改良したもんよ」


「餃子?」


「小麦粉に水を加えて練って作った生地の中に人参の酢漬けや芋、北の鹿挽肉を入れたものだ。触感が最高だぞ」


「想像できないけど、美味しそうなんでそれでお願いします」


「あいよ、何か飲むか?」


酒を注文してみたかったが、以前里で酒に弱い兄が潰れていたを思い出す。



 ──流石に1人で飲んで帰れなくなったら、大変だよな。



「果実水で…。後、甘藍の塩揉みもお願いします」


「ちっ。酒が飲めない餓鬼か」



直ぐに給仕の女の子が前菜を卓に運んでくる。


出てきた甘藍の塩揉みは簡素な味であったが、少し森で汗を流したネイにとっては美味しく感じれた。


続いて出されたウォルト餃子は未知の味と触感であった。

小麦の生地で包まれた柔らかい触感。

中の具は酸味のある酢漬けの人参が鹿肉の重みを中和し、豊かな味わいが口の中に広がる。


食事を終え果実水で口を直し、会計をお願いする。



ネイはふと叔父から聞いた下界の飯屋の流儀を思い出す。


 ──そう言えば、飯屋の会計の時に給仕の女の子に礼としてお金を渡すといいことがあるってナルガ叔父さんが言ってたっけ。



 会計は大銅貨1枚と銅貨3枚。

給仕の女の子に大銅貨2枚を渡して、返ってきたお釣りを礼を言ってわたす。



 店を出るとすぐに後ろから声を掛けられた。

お釣りを渡した小麦色の髪の可愛らしい給仕の女の子だ。



 ──やっぱ、あんな少ないお釣りなんて迷惑だったのかな。



「あの!旅人の方ですか? 私カルネって言います」


「…僕はネイです」


「私この店でほぼ毎日働いているので、また来てください…! 待ってます」


「うん。また、行きますね」


「はい!」


カルネは耳まで真っ赤にしている。

ネイは2人の間に流れる変な雰囲気に耐えきれなくなる。


「じゃあ、いい夜を」

「いい夜を」


そそくさと歓楽街を後にして、宿に戻るのであった。



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