二話 人の街
森を抜け正道沿いを西向きに歩き続けると、偶然にも行商の馬車に居合わせる。禿げた行商人の爺さんはエニスと名乗った。
貴族の者達と分かると直様に馬車に乗ることを促される。
「市井の者はこうではなくての」
オーケロンからネイに向けられた嫌味であったが、言われた当の本人は聞く耳を持たない。
貴族たれど人。同じ種であり、赤い血を流す。平民と何が違うと言うのだ。
ネイはそんな小事より変わりに行く景色に心を奪われていた。
広がる雄大な草原は微風が吹き、俄に騒いでいる。
その遥か奥に見える聳え立つ龍山は濃藍色の空に稜線を浮かびあがらせている。雲がかかり山頂は見えない。
山を下りて深い森を抜けただけな筈なのに随分と遠く遥か彼方の国に来た気分がした。
ネイが馬車の昇降口の木板に肩肘をついて呆けていると視線に気づく。
振り向くとルルカナの空色の瞳と目が合う。
大蜘蛛を討伐した後からルルカナに随分と懐かれていた。
「ネイ様の生まれはどこなのですか?」
「東の辺境の地です」
「東の辺境の国だとヒヒズモ国ですか?」
「その辺です」
「ご家族はいらっしゃるのですか?」
「ええ、8人程」
「剣は誰に習ったのですが?」
「祖父ですよ」
「立派なお祖父様ですね」
「ええ、僕と違って」
「ネイ様は、その想い人は…いらっしゃるのですか?」
「いませんよ…。何ですかその質問は」
「気になったのです。嫌でしたか?」
「平気です」
歳も近く馬車の中で暇を持て余している理由もが、彼女のネイを見る眼差しには親愛と信頼、敬意が含まれている。
──貴族の全てが嫌なやつではないよな。
「しかし、其方の剣捌きは凄まじかったな。私の目には追えなかった」
「大蜘蛛が三つ割れした時は驚いたものじゃ。お主その若さで高みに至ってるとはの」
「あんなの大したことではないです」
「謙遜のしすぎは嫌味に聞こえるぞ」
マリアがネイの額を人差し指軽く小突く。
三日程夜を超えて、適度に休憩を挟みながら馬車を走らせると人が住む街に辿り着く。
夢見ていた地上の生活。
オルブライト辺境伯爵領と東部を中継する都市ウォルト。
都市の周囲には石材製の城壁聳え立つ。
2つの城門塔の間に通用門があり、馬車や人の並びができている。
「エニス殿。並ばずに左の門に向かってくれ。我々がいるから貴族用の門を使用できる」
貴族用の門の存在にネイが驚いているとマリアが肩を軽く叩く。
「ネイ殿はこの街が初めてか?」
「ええ」
「なら、私が軽く教えようじゃないか」
ウォルトの街は元々ウォルトは中央大陸の大半を支配していた神聖アルカンタラ帝国の時代に北部蛮族に対抗する城砦都市であった。
現在は北部と東部を結ぶ中継の役割が強い。
冒険者ギルドの支部やマーシア商会、アミス聖教などの主要機関が存在し、日々多くの人が行き交う。
中央詰め所前の噴水広場から放射状に街が広がり、馬車から立ち並ぶ飲食店や商店、武具屋、宿、一般家屋が見える。
「冒険者とは何ですか?」
「便利屋に近い奴らだ。依頼は様々、魔物討伐から清掃まで。
冒険者になるのには身分、人種、全てが関係ない。移民や荒くれ者が集まりやすい。柄が悪いから気をつけろ」
「うん」
中央の噴水広場に行く程、建築模様は新しくなる。到着し、一行を礼を言い馬車を降りる。
ルルカナ達は馬車と資金を調達のために、3階建ての青緑の瓦屋根の中央詰め所に向かう。
ネイはもう姿を暗まそうかと考えたが、流石に不義理だと考え噴水広場で待つことにした。
広場には未知の食材の匂いが彼方此方から漂う。
里では見たことない食材を目にしているとルルカナ達が広場に戻ってきた。
旅の終わりが見えて少し寂しさを感じた。
──やっぱ独りは寂しいかもな。
「お主との旅も此処までか。これを受け取れ。褒美だ」
渡されたのは袋に一杯に入ったクレモルト王国銀貨と大銅貨。
「はい。色々と教えていただきありがとうございます」
マリアがネイの肩を掴み正面に向き合う。
「礼を言うのは此方のほうだぞ。
其方と森で会えたのが我々は全滅していただろう…。 個人的にも命を救ってもらった。
この褒美以外にも個人的に礼をしたい。
必ずオルブライト伯爵領に来てくれ」
「うん」
「其方、必ずだぞ」
「わかってますよ」
「すまん。其方は何を考えているか解らんからな、くどく言い過ぎてしまった」
ルルカナを見ると空色の瞼の裏に溢れんばかりの涙を湛えている。
「ネイ様、私に、私の家に仕えませんか?
貴方に不自由はさせません。
勿論給金は高く払います」
「今は興味が湧かないです。暫く只自由に生きたいので」
「矢張り駄目ですか」
「すいません」
「私はいつまでも貴方を来る日を待ちます。
オルブライト辺境伯爵家の門はいつでも開いていることを忘れないでください」
「うん。ありがとうございます」
その後3人は馬車に乗り込む。御者が鞭を叩く音が響く。
「また、必ず、必ずお会いしましょうーーー!!」
ルルカナは貴族の子女と思えない程に叫び、ネイが見えなくなるまで手を振り続けている。
彼女の目に写るネイは差し詰め、物語の"英雄"であった。
容姿端麗で剣一つで魔物を倒し、皆を救う。
無愛想な性格も色眼鏡により実直な青年だと感じていた。
******
ネイは初めて見る街と人に心を躍らせていた。
溢れ返る様々な肌色の人種。時には人ではない身体をした者も見かける。
昼時という事もあり小腹が空く。
肉の香ばしい匂いに釣られて広場にある露店を眺め歩く。
網焼きされている黒色の調味料に漬けた肉串に目が留まる。思わず喉をゴクッと唸らせる。
「おじさん。肉串2つください」
「おいよ。銅貨2枚よ」
「大銅貨でいいですか」
「ああ、お釣りの銅貨8枚な」
里でも算術や通貨概念、一般常識は教えられるが、ネイは初めての金銭取引に何故だかニヤついてしまう。
一息して、ふと下界でしたいことを考えてみる。
──今後どうしよかな。
世界最高の都である王都ラニンは見てみたいし、西部地域の食文化の麺も気になる。
南方諸島連合だと瑠璃大鯨や象は見てみたい。
メルカスの滝も絶景だと聞く。
後、以前にメイハ姉さんからお土産に貰った甘蕉とかも食べてみたいな。
その為には貰ったお金じゃ心許ないな。
ネイはふと、マリアが言っていた冒険者を思い出す。年齢や出自などが関係無く、腕っぷしのみで金を稼ぐ職業。
──仮面を付けて活動できたら、身を明かさずに済むよな。
「確か、南の城門塔に近いんだっけな…」
今日中に冒険者の登録だけでもしておこうと考え、冒険者ギルドに赴くことにした。
冒険者ギルドは意外と早く見つかった。
他の建物より雰囲気が違う。3階建ての広い建物には威厳と粗雑さが感じ取れる。
中に入ると酒場のような形態になっており、荒くれ者達が昼間から酒を豪快に飲んでいる。
その振る舞いは自由そのものであり、ネイが求めていたものにすら感じる。
奥には受付で香色髪の嬢が待ち構えている。
ネイは一直線にそこへ向かう。
「冒険者の登録したいのですが」
「ん?! あ、はい。初回登録ですね。預かり金として銀貨3枚頂きます、よろしいでしょうか?」
受付嬢はネイの仮面姿を見て一瞬驚くが気にせず、話を進める。
「わかりました。 冒険者って仮面付けたまま活動できるんですか?」
「ええ。稀にいますよ。では、此方に氏名と年齢の記入をお願い致します。文字は書けますか?」
ネイは14は少し若いと考え鯖を読む。
「はい、書き終わりました」
受付嬢は書類を丁寧に確認し始める。
「はい、承りました。冒険者制度について簡易的ですが説明致します。
まず、冒険者がギルドで発注される依頼は魔物討伐から採取、輸送、街道護衛等がメインでございます。冒険者の依頼に傭兵活動や日常の身辺護衛は主に含まれません。
そして、冒険者ギルドは基本的に依頼の仲介業者でございます。民間や国からの依頼を回し冒険者様に達成してもらい発生する仲介料で成り立っています。
また、冒険者ギルドは依頼により傷害致死沙汰になった冒険者を保護することができますので、問題がありましたらお声かけください。
冒険者活動には個人活動以外にもパーティ制度や臨時要員募集などもあり、受注できる依頼は等級によって変わりますので、ご注意ください。
冒険者は等級制度を導入しています。
等級は上から白金等級 金等級 銀等級 銅等級 鉄鋼等級 黒石等級となっています。
等級によって特権等もございます。
以上が簡単な説明でございますが、何か質問はありますか?」
「うーん、等級毎の特権とはなんですか?」
「特権は…そうですね。結構沢山あるのですが、
白金等級ですと勲章物ですね。都市に対して一定の発言権があります。
金級以上になるとギルドの宿泊施設に空きがあれば無料使用できますし、銀級以上とギルドの酒場に割引が効きますね」
「そうなんですか。最初は皆白石等級ですよね?」
「ええと、一応過去の魔物討伐の部位の提供とギルド試験内容に応じて銅等級まで飛び級させることは可能です」
「じゃあ、これでどうですか」
持っていた麻袋から出てきたのは黒く光沢する大きめの紫の魔石と黒鎌大蜘蛛の真紅の瞳。
「こ、この人の顔くらい大きな魔石と赤い瞳。黒鎌大蜘蛛でしょうか?」
「はい」
「失礼ですが、本当にご自分で討伐されたのですか?」
「ええ。此処から離れてるけど、白龍山脈の下の森で。オルブライ辺境伯爵騎士のオーケロン様達も目撃しているので必要なら確認してください」
「うーん。ちょっと私に手には負えない話ですね。今から支部長に話してみます」
「わかりました」
待機を促され、受付横の腰掛けに座る。
周囲を見渡すと小汚く無精髭に覆われた大柄な戦士や斥候のような軽装備の者が多く見受けれる。魔力の気配は少ない。
──術士はあんまり冒険者にならないのか。
暫くすると先程の受付嬢に二階の部屋に促され、扉を軽く叩き入室する。
部屋に入るとに腰掛ける中年の男がいた。焦茶の髪をセンターで分けて、切長だが奥行きのある瞳、角ばった顎。引退した戦士か冒険者の雰囲気がある。
「失礼します」
「君が昇級を望む仮面の若者か」
「はい」
「私はウォルト冒険者ギルド支部長ラルドレだ」
「東からの流れ者、ネイです」
ラルドレと名乗った中年は突然ネイを上から下まで凝視し始め、驚き慄く。
「んん。なるほど!? 討伐は嘘ではようだな」
「どういうことですか、支部長」
「魔力を持つ人や少し腕のいい戦士からなら分かる筈だ。この若者は異常だな」
「異常?」
──失礼な。
「これ程まで濃く巡りの良い魔力。ぶれない重心、音のしない足運び。よく見れば何処を見ても強者と分かる。
正直、15歳と疑わしいな」
「15歳ですよ。来春に」
「まだ14か !?」
「すいません。 少し登録するには若いかなと思って」
「まあ、良いだろう。 冒険者ギルドに年齢は関係ない。大人だろうが皆教養の無い馬鹿ばかりだ。必要なのは腕っぷし。強者は歓迎だ」
「じゃあ、昇級ですか」
「一応、ギルド公式冒険者と決闘形式で戦ってもらうが、良いか?」
「ええ、できたら今日中に登録したいのですが」
「では一刻程まで待て。 すぐに冒険者を捕まえてくる」
今度は建物裏の訓練所に促される。
訓練所には黒石等級の腕輪を付けた冒険者達が剣の訓練をしていた。
──あの足捌きと上段振りは一刃流を習っているのか。
ぼんやりと遠目で冒険者の剣の修練を眺めていると、角刈りで大柄、無精髭を生やした如何にも荒くれ者の冒険者が現れる。
「すまん。待ったか?」
「大丈夫だ」
男はネイの姿を見て訝る。
「支部長。こいつが昇級試験を受ける冒険者か? まだ若くないすか?」
「お前は本気で戦ってくれ」
「はあ。怪我しても知りませんよ」
「多分、お前より何十倍も強いぞ」
「冗談よしてくださいよ。おれ銀級ですぜ? こんな若者に負けませんよ」
「わかった。もういいから戦ってくれ」
「へいへい」
ネイの目の前に現れた戦士は面倒臭い顔をしてため息を吐く。
「坊主。忠告だがな、何処かで拾った魔石で昇級はできないぞ」
「拾い物ではないですよ」
「ははは。貰い物か? まあ、いいさ。武器は持たないのか? 」
「素手でいいです」
「舐めてんのか?」
「今から訓練武具を取りに行くのが面倒なだけです」
「お前みたいな餓鬼は分からないかもしれねーがな、俺はウォルト支部に10人しかいない銀等級だぞ。
降参すんなら今のうちだからな。おれと戦うなら腕に一本くらいは生涯使えなくなるかもな」
ネイは男の態度に終始苛ついていた。
「さっきから五月蝿いな。僕は早く休みたい、無駄話には付き合いたくない」
「糞餓鬼。忠告してやってんのに。死にてえのか、ああ?!」
「両者共挑発はお辞めください。試合を始めますよ」
ラルドレから「あんまり大きな怪我を負わせないでくれ」と耳打ちされる。
決闘方式のため、互いに名乗り合う。
「一刃流 四階邸 ムラウ」
「東雲流 八階邸 ネイ」
「「「 !!!???… 」」」
ムラウは右足を前に踏み出し、興奮と勢いのまま直剣を僅かに傾かせ隙の無い水の構えで間合いを素早く詰める。
無手の間合いと剣の間合い。優勢は明らか。
そして、勝負は一瞬であった。
間合いに入ったムラウは動かずに後屈立ちするネイの肩口に剣を振り翳す。しかし、捉えたと思った瞬間、ムラガの目にはネイの身体は霧散したように見えた。
剣は空振り煙を切ったように手応えが無い。
「え!?」
ムラガが驚いている刹那の瞬間に背後に回っていたネイは側頭部に掌底を打ち込む。
頭部の振動から目眩を引き起こし、全身から力が抜けて倒れ込む。
ネイが振り返ると2人と遠目から見物する野次馬達は唖然としている。
「それで、僕は昇級ですか?」
「あ、ああ。今から手続きして銅等級証明様の腕輪を用意しよう」
受付嬢は慌ててギルドの事務室に向かう。
手続きが完了するまでネイは支部長室で茶を濁すことになった。
既に少し面倒ごとになり、早くこの場から立ち去りたいネイは小刻みに人差し指で椅子の手掛けを叩きながら呆けていると、支部長が茶を飲みながら話しかける。
「君はその歳でどうやって、どうして高みに至っているのだ?」
「どうって、ただ修練を繰り返しただけです」
「ただの修練でそこまでの高みに辿り着く…。嫌、天賦の才か。
ああこの感じ、白金等級冒険者のウルクスさんを思い出すな。
君と同じで何食わぬ顔で常人にはどう足掻いて届かない高みにいた」
「白金等級冒険者ですか」
「ああ。世界に2人しかいない。13年程前に一度だけ見ただけなんだけどな。
ウルクスさんが白金等級になったのは20代前半だったけな。そう考えると君は末恐ろしいね」
「武芸だけで人の強さは分かりません。僕は白金等級冒険者のような英雄ではなく、何も為していない男ですよ」
「確かに武芸が全てではないか。そうか、そうだね。
そろそろ用意も出来てるだろうし下に降りてみるか」
「はい」
受付に向かうと冒険者登録はほぼ完了していた。最後に血印型魔法陣に魔力を流し込み登録完了だ。
軽い契約事項の説明を受け、ギルドを出る頃には夕暮れ時になっていた。
中央広場に向かうと徐々に街の赤魔灯が夜の暗さに反応して照らし始めていた。
赤魔鉱石で夜を照らすことは里でも存在した。それは紐で括り付けて垂らす簡易的な灯であった。
しかし、街の灯は硝子で装飾された街灯だ。赤魔鉱石が放つ光の屈折と豪華な噴水により幻想的な場になっている。
里にいた頃には見れない文明的な美しさ。
ネイは少し値が張ろうとも、広場の周囲で一泊しようと心に決めた。
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