第4話 探検の準備

授業は、いつも通り退屈だった。もう少し面白い内容を勉強できないんだろうか。漢字なんて検索すればすぐに出てくるのに、どうして書き順まで覚えなければならないのだろうか。俺は授業を聞いているふりをしながら、タブレットにダウンロードされている図鑑をざっと見ていた。

 学校のチャイムが鳴り、生徒が帰宅の支度を始める。みんなそれぞれ家の近い友達と雑談をしながら教室を出た。蓮とその取り巻きは、地下一階にあるこの学校よりもさらに深い階層に住んでいる。太陽光からより離れた場所に住むことは、ステータスの一つなんだ。今では、日光は俺たちに害を与える敵だからだ。地上で使われている建造物は、古い昔につくられたものを改装して、紫外線対策が施されたものだけだ。地下の開発が進んだ日本において、地上に暮らす人間は差別の対象なんだ。ばかばかしい。

 ぴょんぴょんと飛び跳ねながら、翔が駆け寄ってくる。

「待たせたな!」

 丸くて大きな目が冒険への興奮を抑えきれずに、輝いている。そういう俺も、さっきから何か落ち着かない。

 三人で朝来た道を戻る。朝、目を奪われた大通りの風景には、全く興味をひかれなかった。アパートに到着しても、エントランスには入らない。明かりもつかないような暗い道をさらに進むと、誰も立ち止まることのないような小さな空き地がある。アスファルトに覆われず、硬い土がむき出しになっている。俺たちは背負っていたリュックを下ろし、空き地の隅に座る。翔はいつものごとく、バックの中身をぶちまけた。翔は俺よりも整理整頓が苦手だ。学校の机の引き出しも、いつもパンパンなんだ。何か月も前のテストが発掘されることもある。家に持ち帰りたがらないんだ。リュックを軽くしたいらしい。俺も学校で使うものを減らしたいから、気持ちはよくわかる。俺たち三人以外のリュックはすかすかなのに、俺たちが大荷物で登校するのはこの探検が原因なんだ。

 つばの広い帽子をかぶり、日焼け止めを塗りたくる。日焼け対策はまだ終わらない。紬が空き地の端から、真っ黒な布を持ってきた。ただでさえこの場所は暗いのに、この布はこの世の光を全て吸収してしまいそうなほど、闇そのものを表していた。

「良い拾い物をしたよな」

 俺は、黒い布を受け取りながら言った。

「落ちてたわけじゃないけどね」

 紬がいたずらっ子みたいな笑顔で返事する。翔が唇をとがらせる。

「いいじゃん。どうせ廃墟だったんだからさ」

 この布は、地上の建物の窓から拝借したものだ。もう使われていなかった遮光シートは、俺たちの手によって、二度目の生を迎えた。俺たちは、以前の探検でシートを頂いてくると、家から裁縫道具を持ってきて、ちくちくと手縫いをした。学校のタブレットで図書館の本に接続して、一からマントの形に仕上げたんだ。形は不格好だけど、俺たちにとっては愛着のある道具だ。もう欠かすことはできない。マントをつけ、フードも被ると、本物の冒険者みたいだ。最後にサングラスもかけると、いよいよ誰かわからない。

「よし、お前ら行くぞ!隊長の翔様に続け!」

 翔が大げさにマントを翻してみせる。

「翔!ちょっとダサいぞ」

 俺は翔の背中にそう声をかけると、翔が勢いよく振り返った。ちょっと顔が赤くなってる。

「いいから行くぞ」

 翔はマントの隠し場所とは反対の端に速足で行くと、膝をついた。普通は目にもとめないただの泥の壁だが、この空き地で小さい時から遊ぶ俺たちにとっては違う。ある日、この壁の秘密に気が付いたんだ。砂埃の汚れを払うと、壁だった場所は扉に姿を変える。小さなドアだ。子供がかがんで通れるほどの。立ち入り禁止と刻印された扉の取っ手を三人で息を合わせて引っ張る。

「せーのっ!」

 三度目くらいの掛け声で、さびた鉄の音と共に重い扉はゆっくりと開いた。

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花の輪廻 @suke_percy

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