第5話 追憶
見慣れた駅で降りると徒歩で実家に向かう。
開発が進み子供の頃によく通った駅前のアーケード商店街は縮小され、大きなショッピングセンターが賑わいを見せていた。
藍子も食品フロアに立ち寄ると、形よく熟れた巨峰を手に取った。以前は甘党の両親にケーキや和菓子の手土産を持っていったものだが、二人共に高血圧の傾向が出始めた今は果物や減塩せんべいを選ぶようにしている。
食品フロアは仕事を終えた主婦たちで賑わっていた。通勤用の服に身を包み忙しそうに買い物をこなす主婦たち。学童や習い事を終えたらしい子供と一緒に買い物をする姿も見られた。
藍子も小学生の頃、二つ隣の駅のデパートの一階でよく母親と待ち合わせたものだ。その近くの会社で母親は働いていた。藍子は一人でその駅で降りて、ピアノやスイミングや塾に通っていた。ピアノとスイミングの日は終わった後に、デパート一階の待ち合わせ広場で柔らかい長椅子に座って母親を待ったものだ。壁に掛かっている時計の針と、透明なドアを交互に見ながらドアの向こうから母親が歩いてくるのを待っていた。懐かしい記憶だ。
藍子は思い出しながら、実家への道を歩いていた。小学校から帰宅すると誰もいない部屋が待っていた。五つ年上の姉は、部活に遊びに習い事と忙しくて、帰宅後に一緒に遊んだ記憶はあまりない。母親が働き始めたのは藍子の入学後すぐで、幼稚園まで母親にべったりと甘えていた内向的な藍子はとにかく寂しかった。優斗には同じ思いをさせたくない。それが、藍子が去年まで働かず今も週三日しか働かない理由だ。
「お邪魔します」
勝手知ったる玄関を開けると、台所の方から
「いらっしゃあい」
と母親の声が聞こえた。
「おう。仕事お疲れさん。今夜も食べていくんだろ」
父親がリビングのドアからひょっこりと顔を出して、嬉しそうに出迎えた。優斗が小さい頃はしょっちゅう一緒に顔を出したものだ。
「うん。いつもありがと。ご馳走になります。お母さん、どう?」
「そうだな。週末庭仕事したから週明けはあれだったけど、今は元気だわ。うるさいくらい」
そう史郎は小声で言うとウインクした。父親の後に続いて入ったダイニングのテーブルにはところ狭しと料理が乗せられていた。
実家を二時間ほどで後にして自宅のある駅へと急ぐ。授業を終えた優斗と駅前の塾で待ち合わせをしているのだ。改札を出るとそこに優斗が立っていた。
「あー。さみいわ」
さっき授業が終わったはずだから、そんなに待っていたはずはないのだが、優斗はきまり悪そうにそう言った。
「塾の中で待っていても良かったのに。こっち来てくれたの」
藍子の言葉に頷くと、優斗は並んで家へと歩き出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます