第4話 想像と現実
その日は就業までバックヤードで黙々と本にブックコートフィルムを貼る作業を続けた。一冊でも多く……。雑念を追い払い、本と透明のブックコートフィルムの間に空気が入らないように定規で押さえて貼っていく。根気のいる作業だが単調なのでつい考え事をしてしまいがちだ。
「藍子ってさぁ、いつも何か考えてるよね」
高校生の頃、帰り道で親友に言われた言葉だ。その時まで知らなかったのだ、何も考えない時間を持っている人間がいるということを。藍子にとって何かを考えないほうが難しかった。過去に自身に起きたことや言われたこと、見たことそして読んだこと、それらを
ただそれをすると確かに作業効率は落ちる。新しい概念を発見したとき、手が止まってしまうこともあった。藤木にもそれを幾度か見られていたのだろう。
目の前にある本の事でも日常の悩みでもなく、そんな哲学じみた遊びをしていたと彼女が知ったらどんな反応をするだろうか。藍子は想像して笑ってしまった。おそらく言葉を失うであろう彼女の姿が想像できたからだ。
タイムカードを打刻し、上着と鞄を取り藤木と内山に挨拶をして図書館の出口に向かう。今日優斗は塾の日だ。学校から帰って、朝藍子が作っておいたご飯を温めて食べてから塾へ行ったはずだ。健吾は残業で今日も遅くなるだろう。
水曜日。毎週仕事帰りに実家に寄って年老いた両親が元気にやっているかそれとなく見に行くようにしていた。藍子の実家は自宅と勤務先の間にあり、それも勤務先をこの大学に選んだ理由の一つだった。
今日もベンチにあの青年の姿はない。病気でもしたのだろうか。枯葉を踏みながら、青年のことを考える。藍子があの青年の存在に気づいたのは初夏だった。
青々と色づく若葉の下で、彼はやっぱり少し寂しそうに外濠の向こうを眺めながらそこに座っていた。藍子が帰宅時にはいつも、雨でない限りそこにいた。
そういえば大学の夏休みはあまり見かけなかった。やっぱり大学生かな。
藍子は過ぎ去った今年の猛暑を思い出して、きっとそうだろうと一人予想した。
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