第3話 月のピアス

「おとなり。いいですか」

 ハッとして顔をあげると、司書の内山がサンドイッチ片手に立っていた。昼食休憩は三十分ずつずらして取ることになっている。藍子は腕時計を見て自分の残り時間があと二十分であることを確認すると、

「どうぞ」

 と言って、ベンチに置いていたカバンを自分の方に寄せた。


 内山は頷いて座ると、コンビニのサンドイッチの袋を破きながら、

「沢田さんいつも外で食べてるんですか。バックヤードにいないから」

 と前を向いたまま言った。

「うん。気分転換にね。公園でお弁当食べながらぼーっとしたくて」

 藍子は内山の方に体を傾けて彼女の食べる姿を見ながらそう言った。

 

 内山は耳の後ろで切りそろえた栗色のショートヘアに小さな銀色の月型のピアスをしていた。小さく口を開けてサンドイッチを頬張るたびに、吊り下がったピアスが細かく揺れた。藍子は内山とは簡単な話しかしたことがない。

 お母さんと二人で都内のマンションに住んでいるんだっけ。

 少ない情報を頭の中でかき集めていた。


「あんまり気にしない方がいいですよ」

 内山はぼそっと言った。

「え?」

 藍子が聞き返して初めて、内山は藍子の方に向き直った。

「藤木さんですよ。何か言われたんですよね」

 内山は藍子の反応を見て口の端で笑うと、

「一昨日、藤木さんがいるバックヤードに入っていくとこ見たんです。その後から様子変だし。今日も。沢田さん分かりやすいから」

 それだけ言ってまた前に向き直り、サンドイッチを口にした。


「ええ。ああ……よく言われます」

 藍子は戸惑いながらそう言うと、内山を見つめて微笑んだ。内山は、ハハッと声に出して笑うと、

「沢田さんって、面白いですよね。なんていうか掴みどころがないというか、何を考えているか分からないというか。まぁそういうところが藤木さんをいらいらさせちゃうんでしょうけど」

 最後の方はボソッと付け足すように言って、心配そうに横目で藍子を見た。


 職場の先輩ではあるが、きっと十歳は年下であろう女の子にこんな風に心配される自分を藍子は情けなく少しおかしく感じながら、

「私がテキパキとできないもので、皆さんにご迷惑をかけているから、申し訳なくて。藤木さんは全体を見られる立場だから、当然のことを仰ったと思っているの。でも、正直ちょっと落ち込んでいたから、うれしかった。ありがとう」

 そう言って頭を軽く下げた。


「当然、ですか。何言われたか知らないですし聞かないですけど、産休に入られた根岸さんの代わりで週三だけなんですから、私達の仕事が増えるの当たり前です」

 藍子の目を見ながらさらっと言うと、紙パックのコーヒーにストローを指しながら、内山はボソッと呟いた。

「沢田さん色気があって館長のお気に入りだから、気に入らないんですよ」

 


 藍子は飲んでいたお茶を吹き出しそうになりながら、

「ええっ」

 と聞き返した。

「あれ。気づいてなかったんですか。あんなにあからさまなのに。そっか。沢田さんのいない火曜木曜の覇気はきのない感じ、今度見に来てくださいよ」

 内山はクスっと笑いながら、

「藤木さんよりこっち気を付けたほうがいいかもですね。もう、冗談ですよ。館長、気が弱いから何も出来ないと思いますし」

 そう言うとまた口の端で笑って、藍子の目を同意を求めるように覗き込んだ。


 うっすらと髪の後退した大人しそうな館長が脳裏に浮かび、藍子は困った顔をしながら適当に笑っておいた。

「沢田さん、今度休憩重なったら、あの向こう岸のカフェでランチしましょう」

 内山が話を切り上げようとしていることにハッとして腕時計を覗くと、休憩時間はあと十分足らずだった。藍子はまたあとでと言って公園の落ち葉を駆け足で踏みながら職場へ急いだ。

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