第2話 失くしたもの
優斗が寝た後、リビングで藍子はコーヒーを飲んでいた。ランドセルから外されたものの、洗濯機に入れられなかった給食袋や靴下が散らばっている。カレーがこびりついたままの食器がシンクに溜まっていた。
今朝夫の健吾は、今夜は部署の飲み会だと言っていた。昼間の藤木の言葉が脳裏をよぎる。
お子さんお一人で……
嫌味ではなかったのは口調からわかった。ただ、優斗に兄弟をつくってあげたいというのはかつて藍子が切望したことだ。とっくに忘れたはずのその傷が久しぶりに少し
子作りのためのそれは、次第に夫婦間の空気も微妙に変えていった。毎月のものが来る度に影が差す妻の顔に、健吾も無言のプレッシャーを感じたのだろう。加えて四十代の働き盛りを迎え、残業だ付き合いだと帰宅が遅くなることが増えていった。
最後にしたのはいつだっけ、確か三、四年前だったか。
藍子には遥か昔のことのように感じられた。この家の暮らしの中にセックスの
藍子は飲み干したコップの底をぼんやりとみつめ、ふいに立ち上がると台所の収納棚から赤ワインを取り出してグラスに注いだ。立ったままグラスに口をつける。ぬるく渋みのきいたワインが喉を通る。
健吾は焼酎や日本酒が好きで、ワインはあまり飲まない。それに付き合って藍子もワインから遠のいていた。
おいしい。やっぱり好きだ。
藍子は満足そうに頷いてワインを注ぎ足す。深みのある赤紫の液体が藍子の喉をゆっくり滑り落ち、次第に腹の底から痺れるような酔いが回ってくる。携帯電話を操作してジャズをブルートゥーススピーカーから流す。
独身時代は会社や自宅近くのバーで遅くまで飲んだものだ。若くて酒に強くて、朝まで一人で飲んでも大丈夫だった。バーで出会った人々の顔が酔いの回った頭にぼんやりと浮かんでは消えていった。
ふと藍子がこだわって集めた北欧風の木彫りの動物達が、キッチンカウンターに並んでこちらを見ているように感じた。
「明日でいっか」
藍子はシンクを
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