綺羅星になった白夜

花野井あす

綺羅星になった白夜


 むかしむかしあるところに、すべてを照らす真白のそらがありました。

 

 絹のように艷やかな長い白髪に、白磁のように透き通った柔肌。透き通った白の瞳はすべてを見届けます。彼女は長い長いこと、ひとり世界に光を灯しているのです。


 群青あおの蝶が運ぶ雨と薄紅あか鹿かせぎが呼ぶ風と深碧みどり草花そうかが掛ける虹。それが彼女のすべて。それが彼女の世界。

 

 ここは真白の昊の守る楽園。彼女の照らす場所はどこまでも明るく、鮮やかで淀みなどないのです。

 

 されど、彼女はずっと孤独ひとり

 

 ひとり、すべてに光を届けるのです。ひとり、すべてに安らぎを届けるのです。それが彼女の日常なのです。彼女には喜びも、哀しみもありません。彼女はただ、照らすのみ。彼女の照らす楽園も彼女も永遠で、不変で、無限で、不定。ただ其処に在るのです。

 

 あるとき、一羽のヨタカが迷い込んできました。


 くすんで艶のない黒色の翼には一筋の傷。ヨタカはぐったりとして其処に在りました。きっと飛翔べなくなってしまったのでしょう。きっと疲弊つかれてしまったのでしょう。

 

 真白の昊は、群青あお薄紅あか深碧みどりにするように、ヨタカへ手を差し伸べました。光と安らぎを授けました。ヨタカはみるみるうちに傷を癒やし、また滑空べるようになりました。唄えるようになりました。


 ヨタカは一礼して云います。

 

 ありがとう、優しいおかた。美しいおかた。

 礼に、何かひとつ、望みをお聞かせください。

 礼に、何かひとつ、願いをお聞かせください。


 真白の昊は困ってしまいます。己の望みも願いも識らないのです。わからないのです。


 ヨタカは翼を広げて云います。


 ならば、あなたのための安らぎを、ひとときの眠りを差し上げましょう。


 ヨタカは真白の昊の上を滑り、呂色くろ天蓋ヴェエルを掛けます。きらきら小さな宝石を散りばめて、真白の昊の代わりに楽園へ光を灯します。


 楽園にはじめての夜が訪れたのです。

 

 昊も、鳥も、木々も、花たちも、みな穏やかな夢を視ています。微睡みの中で喜び、哀しみます。


 楽園は永遠ではなくなりました。

 楽園は不変ではなくなりました。

 有限で、輪郭かたちを持つようになりました。


 それでも、昊はひとときの眠りの時間ときの中に光を知りました。安らぎを知りました。



 真白の昊は真昼の綺羅星ほしになりました。

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綺羅星になった白夜 花野井あす @asu_hana

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